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落合GMと谷繁監督がナゴヤ球場に初登場した件
















<想いを交わすバッテリー> 谷繁元信 & 中日投手陣 「18.44mの以心伝心」

http://number.bunshun.jp/articles/-/187186

マウンドの18.44m先で、捕手は投手と対峙する。
1球ごとにサインを送り、身振り手振りで指示を出す。
バッテリー間の声なきコミュニケーションは、いかにして
成立するのか。昨季、安定した投手力でセ・リーグを制した
ドラゴンズの女房役に聞いた。


tanishigeYoshimi01.jpg


18.44mも離れている。

にもかかわらず、会話は成立してきた。

野球マンガ『巨人の星』で星飛雄馬と伴宙太が、『侍ジャイアンツ』では番場蛮と八幡太郎平が、そして『ドカベン』で里中智と山田太郎が、試合中、マウンドとホームの間で会話を交わしてきた。

そんなことが、現実には可能なのか。

ドラゴンズの谷繁元信は、こう言った。

「できる相手もいるし、できない相手もいるかな。ウチの吉見とは、そういう感覚で会話するようになってきましたね。もう、サインの中だけで(会話が)できますよ。アイツが、なぜ僕がこのサインを出しているのか、その理由までもお互いの呼吸の中で感じ取って投げてくれるようになりましたから……」

18.44m離れたまま、吉見と谷繁が交わした“会話”の中身。
たとえば、去年の日本シリーズ第2戦。

吉見一起と杉内俊哉が投げ合い、0-0のまま迎えた5回裏、ホークスの攻撃。
ツーアウトで、一塁に川崎宗則を置いて、バッターは内川聖一。

初球、谷繁は外のボール気味のストレートを要求して、これを内川がファウル。
もし初球から川崎が走ってきたとしても、外角高めの、ボール気味の速い球ならセカンドで刺せるという計算が、谷繁にはあった。

2球目を投げる前、吉見は一球、牽制のふりをして、さらに一球、早い牽制を入れた。
そして2球目、同じようなストレートを今度は内川に見逃されて、ボール。

3球目。
ここは変化球、スライダーかフォークをインコースに見せたいところではあるが、敢えてストレートをインコース、ボール気味に低く要求したら内川が見逃し、審判がストライクを取ってくれた。
これで、ワンボール、ツーストライクと追い込んだ。

そして、4球目。

この場面、谷繁の話から再現すると、吉見と谷繁は18.44m離れたまま、こんな“会話”を交わしていたのだという。

谷繁
『ツーアウト一塁で、1ボール2ストライク……ここは勝負にいく場面だな』

吉見
『バッターを抑えようと思えば変化球、スライダーかフォークですよね』

谷繁
『ということは……』

吉見
『ランナーも次の球は変化球だと思って走ってくる』

谷繁
『そういうこと。仮に走ってこなくても2-2ならまだ余裕はある』

吉見
『外しますか』

谷繁
『外すぞ』


“低く、低く”というジェスチャーはランナーへのワナ。

4球目、吉見は長くボールを持って、焦らす。
その間に、谷繁が軽く両手を下に向けて、いかにも“低く、低く”とピッチャーに注意を促しているかのようなジェスチャーを入れた。
無論、仮に低めに投げようとしていたとしても、吉見にそんなジェスチャーは必要ない。
言うまでもなく、この動作は一塁ランナーの川崎に向けたワナである。

吉見の足が上がるや、川崎がスタートを切る。
吉見はアウトハイにウエストボールを投げた。
谷繁は立ち上がったまま捕って、すぐさまセカンドへ送球。
ここは楽々、タッチアウト――。

「吉見はあのとき、ウエストする用意をしていたと思います。たくさん盗塁してるランナーって、やっぱり変化球のときを狙って走ってくるわけですよ。変化球で勝負するカウントを勉強してるだろうし、それに対してこっちも対処しなきゃいけないということです」

さらに、第6戦の1回裏。

先発の吉見は、トップの川崎を外角低めのフォークで空振り三振に斬って取った。
そして迎えたのが、2番の本多雄一。
じつは本多と吉見は同い年で、吉見がトヨタ自動車、本多が三菱重工名古屋と、同じ愛知県の社会人で鎬を削った間柄だった。
谷繁は吉見に初球から3球続けてインコースを要求し、ワンボール、ツーストライクと追い込んでいた。

続く4球目。
吉見と谷繁のバッテリーは、今度はこんな感じの“会話”を交わしていた。


tanishige01.jpg


◇   ◇   ◇

なぜ、言葉を用いずに投手と複雑な対話をすることが可能なのか?
40歳を過ぎ、大ベテランの域に達してもなお進化を続けるドラゴンズの正捕手が、自らのコミュニケーション術の真髄を語った。

つづきは、雑誌「Number」795号、もしくはNumberモバイルでお読みください。






<五輪、WBCで背負ったもの> 杉浦正則 × 谷繁元信 「日の丸の重みを語ろう」

http://number.bunshun.jp/articles/-/345275

プロに背を向け、オリンピック3大会で力投し、2つのメダルを持ち帰った“ミスター・アマチュア”。
そして、プロだけで編成された第1回WBCで優勝の歓喜を味わった球界ナンバー1キャッチャー。
対照的な二人が語る、「あるべき日本代表」の姿とは。
背負っているのは日の丸だ。


その日の丸は、重いと言われる。

バルセロナ、アトランタ、シドニーと、オリンピックで3度、日の丸を背負った“ミスター・アマチュア”こと杉浦正則(日本生命)は、その重さについてこう話した。

「僕にとっての“全日本”は寄せ集めのチームじゃなかったんです。4年に一度のオリンピックへ向けて、4年かけて本気でチームを作る。合宿を繰り返して、選手をふるいにかけて、やっとメンバーが選ばれる。それだけの長い時間をかければ、チームにいろんな人の思いが詰まっていくじゃないですか。何としてもこのチームに入りたい。入れたら、入れなかった選手の思いを背負うことになる。僕らの“全日本”はそういう重みのある、しかもその思いが長く続く場所でした」


WBCで福留の姿を目にして、思い出したアトランタ五輪での“叱責”。

今から7年前のことだ。

2006年3月19日。
杉浦は自宅のテレビでWBCの準決勝を見ていた。
杉浦が気にかけていたのは、この試合、スターティング・ラインアップから外れた福留孝介のことだった。
杉浦はアトランタオリンピックのとき、当時19歳だった日本生命の後輩、福留を叱り飛ばしたことがある。

「アトランタのときって、最初は本当にどうしようもないチームだったんです(苦笑)。オリンピックの舞台をプロになるための自己アピールの場だと考えるような若い選手がたくさんいましたから。確かに孝介に僕、キレましたね(笑)。
他にも、先発しない日の練習に遅刻したり、負けた後に平気で鼻歌を歌ってるヤツがいたり、抑えられないことがいっぱいありました。でも、WBCでのあの日の孝介は、先発できなかったのに、ウインドブレーカーを着てベンチの最前列で声を出していた。ああ、日の丸を背負って野球をする姿勢は、こうしてちゃんと受け継がれていくんだなと思って嬉しくなりました」


五輪通算最多の5勝も、杉浦は記録に興味がなかった。

日の丸を背負って野球をする姿勢――
“日本代表のDNA”の伝道師として、もっとも象徴的な存在だった杉浦が大事にしてきた価値観だ。
彼はプロにも行けたのにアマチュアに留まり、国際舞台の第一線で戦い続けた。
バルセロナで銅メダル、アトランタでは銀メダル、シドニーでは4位。
オリンピックで杉浦が挙げた通算5勝は、野球におけるオリンピックの世界記録である。

「5勝っていうのはいかにも少ない世界記録ですね(笑)。全日本では勝ち投手とか、何勝とかにまったくこだわりはなかったんで、それが世界記録だといわれても『ああ、そうですか』ぐらいの気持ちなんです。個人よりもチームってよく言いますけど、日の丸の重さって、自分への責任感に比例するんじゃないですか。
バルセロナのときは社会人2年目で、無我夢中だった。アトランタでは経験者が自分だけだったので、何とかしなきゃという気持ちがとても強かった。その分、日の丸の重みを感じていたのかもしれません。さらに、アトランタで銀メダルを獲って次のシドニーでは、プロが入ってくることになりました。初めてのプロアマ混成チームでオリンピックを戦うということで、これも経験者だからという理由で選ばれて、チームをまとめなければという責任を負った。それぞれ責任感の所在地は違うんですけど、重みはどんどん増していったという感じがあります」


杉浦の頃の五輪とWBC日本代表の大きな違いは、チームを作る時間。

オリンピックの日本代表が2004年のアテネからはオールプロになり、2006年からWBCが始まった。
そして2012年のロンドンで野球はオリンピックの正式種目から外されてしまう。
現在は、WBCがIBAF(国際野球連盟)の認める世界一決定戦だ。
杉浦は現在のWBCについて、こう話した。

「WBCの日本代表を見ていて一番感じるのは、自分たちの時代の全日本とは、チームを作る時間がまったく違っているということです。チームにかける時間が違えば、チームへの思いも違ってくる。勝ったときの喜びはみんな同じだと思いますけど、負けたときの悔しさは人によってかなりの違いが出てくるんじゃないかと思うんです。
日の丸を背負って負けた悔しさは、日の丸を背負わなければ晴らせない。僕はプロの経験がないのでここは想像の範囲ですが、プロとしてどんなにペナントレースで活躍しても、それではWBCで負けた悔しさは晴らせないとなれば、その思いをみんなが共有できるかどうか。その悔しさを持続できれば、次の4年という時間をかけて、今度こそ強いチームを作らなきゃ、というエネルギーになるはずなんです」


出場機会が限られながらも、サポート役に徹した谷繁。

日本は確かにWBCで連覇を果たした。
オリンピックで正式種目となってから、オールアマで2度、アマとプロで1度、オールプロで2度、オリンピックに挑戦しながら、一度として獲ることのできなかった金メダル。
それをWBCでは2度も獲得した。
その理由を、第1回のWBCに出場した谷繁元信(中日ドラゴンズ)はこんなふうに話してくれた。

「僕が出たのは1回目だけですし、あのときはいろんなことが手探りでした。でも、ここはWBCもオリンピックも同じだと思うんですけど、日本代表というチームにとって大事なのは、試合に出ている選手だけでなく、サポートする人たちなんだということです。試合に出ない選手や首脳陣、裏方のスタッフ、そういうところにしっかりした人がいないと、そのチームは成り立っていかない。
僕もWBCで試合に出られなかったときは、正直、グズグズ言ってた時期もありました。何しろ練習する場所もありませんでしたからね。あのアメリカに行ってからの練習量の少なさを思えば、開幕前の大事な時期にこんな量しか打てなくて、日本に帰ってからシーズンを戦えるのかと本当に不安ばっかりでしたよ。でも、それを口に出したら絶対にダメだという思いがありましたし、試合に入れば出ていようがベンチにいようが、勝ちたいという気持ちに変わりはない。出てる選手の力になりたいと思って全力でサポートしてました。それがチームの力になったのかもしれません」


Masanori Sugiura
1968年5月23日、和歌山県生まれ。'91年、同志社大から日本生命入社。バルセロナ五輪で銅、アトランタではエースとして活躍し、銀メダル獲得。シドニー五輪に出場した'00年、現役引退。コーチを経て'06年から'09年まで日本生命監督。現在、総合法人第11部法人部長。


◇   ◇   ◇


WBCだけではなくアテネ五輪予選にも選出された谷繁。その時、
城島のリードをサポートすることで味わったのは強烈なプレッシャーだった。
修羅場をくぐり抜けてきた谷繁と杉浦は、日本代表の環境面や意識づけ、
憧れの存在になるために何が必要なのか――忌憚のない意見をぶつける。

つづきは、雑誌「Number」823号、もしくはNumberモバイルでお読みください。





















落合GMと森繁和ヘッドコーチと谷繁監督が、ナゴヤ球場の秋季練習の視察に登場しました。

GMという立場と、選手権監督という立場で選手の前に現れるのは、これが初めてですね。


<プロ野球・中日>谷繁新監督、落合GMが秋季練習視察

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131015-00000025-mai-base

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選手・スタッフと対面する中日の落合GMと谷繁監督(右)=名古屋市中川区のナゴヤ球場で2013年10月15日午前9時58分

プロ野球・中日の選手兼任監督に就任した谷繁元信捕手(42)と、新設のゼネラルマネジャー(GM)に起用された落合博満元監督(59)が15日、名古屋市中川区のナゴヤ球場で行われている中日の秋季練習を視察した。 

谷繁監督は
「頭で考えて練習してグラウンドで結果を出す。強いドラゴンズを取り戻そう」
と約60人の選手、スタッフを前に宣言。
スタンドから見学していたファンからは
「頑張って」
「頼みます」
と声援が飛んだ。

2004~11年に監督として中日を率いた落合GMは、佐々木崇夫球団社長(66)とともにスーツ姿で登場。
あいさつはしなかったが、11日の就任記者会見で
「秋季練習で何を見せるかによっては、戦力外通知をしないといけない選手が出てくる」
と話していただけに、選手たちは一様に緊張した面持ちだった。




写真を見ると、谷繁キャプテンと落合監督、という感じに見えますね(笑)

でも最初の1年は、谷繁正捕手の谷繁キャプテン、というつもりで2014年のシーズンは臨んで欲しいと思います。

谷繁捕手はドラゴンズ優勝するためには絶対欠かせない、大事な大事な正捕手です。

監督業なんて正捕手をこなしながらできるものではありません。

谷繁正捕手の仕事を削ってまで、監督業を行うべきではありません。

これまでの正捕手として必要な時間と労力は一切削る事無く、正捕手としてやる事はこれまで通り一切その時間を削る事無く、隙間の時間に監督業を挟み込むくらいの方が良いと思います。

1年目は谷繁キャプテンになったつもりで、そして時にはベンチの采配に口を出す程度の、

「キャプテン谷繁正捕手」

という感じで臨めば、大成功するのではないでしょうか。



【中日】落合GM、挨拶「私はいいです」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131015-00000013-nksports-base

ochiaitanishige201310152.jpg
あいさつする谷繁新監督(中央)後方は落合GM、森コーチ

中日の新体制が15日、本格的にスタートした。
佐々木崇夫新社長(66)が落合博満GM(59)、谷繁元信兼任監督(42)らを引き連れてナゴヤ球場で行われた秋季練習に登場。練習前に選手たちを激励した。

同社長は
「プロ野球というのはサービス業でファンのみなさんに感動と感激を与えないといけない。強いドラゴンズが復活する(ペナント)レースにしないといけない。目標は1つ。新監督の胴上げです」
とあいさつ。
ユニホーム姿の谷繁兼任監督は
「今年2000安打打ったときも言いましたけど、僕はドラゴンズが弱いとは思っていない。
頭で考え練習してグラウンドで結果を残しましょう。強いドラゴンズを取り返しましょう」

と呼びかけた。

落合GMは
「私はいいです」

と話し、あいさつすることはなかった。




うーん、この落合GMの明確な線引き、さすがです。

昨日愛知県一宮市で満員御礼の落合講演会が行われていましたが、そこに参加したドラゴンズファンが、ツイッターのドラゴンズタグで、落合GMが、

「明日ナゴヤ球場に森繁とともに視察に行くが、監督と球団社長としか話をしない。」

と発言した、というツイートがありました。

その言葉通りにしたようです。

さすがです。


落合GM&森ヘッド 地元講演会は超満員 開場前から長蛇の列

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131015-00000023-spnannex-base

ichinomiyaochiaikoen.jpg
落合GMと森ヘッドの講演には大勢の聴衆が詰めかけ、会場の一宮市民会館には長蛇の列

まさにオレ流復帰フィーバーだ。
中日の落合GMとヘッドコーチに内定している森繁和氏(スポニチ本紙評論家)の名コンビが愛知県一宮市の一宮市民会館で講演会を実施。
中日復帰報道後にあっという間にチケットが完売し、約1500人収容のホールは満員となった。

開場前から長蛇の列ができ、混乱を避けるためパトカーが巡回。
講演後はスタッフの手引きで裏口から帰る厳戒態勢だった。
落合GMは
「受けた仕事はやらなきゃならない」
と当面は講演活動も続けるが、15日にナゴヤ球場を初訪問し、森ヘッド、谷繁兼任監督と「3トップ会談」を行う。




しかし、どう写真を見ても、落合GMと森繁和HCがケツ持ちしている、のびのびとやる谷繁キャプテンにしか見えません(苦笑)。

でもそれで良いと思います。

就任最初の1年は、キャプテンのつもりでやりましょう、谷繁監督!


さて、GMは今日は中田投手とは会話があったのでしょうか?


中日・中田賢の残留交渉に落合GM出馬「悔いのない答えを」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131015-00000018-dal-base

今季、国内フリーエージェント(FA)の資格を満たした中日の中田賢一投手(31)が14日、落合ゼネラルマネジャー(GM)による残留交渉に関して快く応じることを明かした。

「(落合GMから)まだ連絡は来ていません。ボクはドラゴンズの選手ですし、これからお話をすることになれば、もちろん、そうさせていただきます」
9月中旬の練習中に胸に打球を当て左第二肋骨(ろっこつ)を骨折したが、順調に回復。
この日も、秋季練習でみっちり汗を流した。

その中田の動向に関しては、福岡県出身ということでソフトバンク、先発強化を図りたい阪神、ヤクルト、DeNAなど複数球団が調査を開始。
中田賢がFA宣言すれば、金銭と人的補償が不要なCランクになるとみられ、争奪戦に展開する可能性は否定できない。

そんな状況を前に、落合GMはまず中田賢の気持ちを把握するため、直接交渉する構え。
近いうちに、「中田賢‐落合GM」の残留交渉が実現することになりそうだ。

「FA宣言するかどうかもまだ決めていないところです。自分の野球人生なのでじっくり考えて、悔いのない答えを出そうと思っています」
と中田賢。
まずは残留交渉の行方に注目は集まる。




国内FA権取得の中日・中田賢は落合GMとの話し合いを歓迎

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131015-00000003-tospoweb-base

10月15日

今季中に国内FA権を取得した中日・中田賢が落合GMとの話し合いを歓迎した。

「(監督時代に)食事会場でいろんな話をしていたので、ちゃんと話はできると思います」
もっとも残留か移籍か、注目の決断については
「なかなか取れる権利じゃない。後悔しないようにしっかり考えたい」
ときっぱり。
落合GMの腕の見せどころとなりそうだ。




若干ビビリ気味の中田投手の様子が伝わってきます(笑)

まあ大丈夫なんじゃないかと思いますが・・


さて、産経新聞が、今さら落合GM誕生のまとめ記事を配信していますが、
    ↓


中日・谷繁丸が船出 船長は落合GM その深~いワケって!?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131015-00000532-san-base

産経新聞 10月15日(火)10時0分配信

12年ぶりのBクラス、ナゴヤドームで初めての観客動員200万人割れでドン底まで落ちた中日が、来季監督に選手兼任で谷繁元信捕手(42)を指名、新設のGMに前監督の落合博満氏(59)を据えた。
白井文吾オーナー(85)のお気に入りとはいえ、一度はV監督解任を認めただけに、復帰の話も「じぇじぇじぇ」なのに、その立場が指揮官ではなく背広組とは…。
これほどまで超サプライズになったのには、やっぱり深~いワケがあった。

高木守道前監督の任期が「今季限り」という方針になって以降、早くから新監督の最有力候補は、OBで野球評論家の立浪和義氏(44)とされてきた。
だが「まだ若い」「コーチ経験もない」などと不安視する声が続出し、急速に実現の可能性はしぼんでいった。

ところが、代わりの候補がなかなか見つからない。
立浪氏のほかに、元アスレチックス監督のケン・モッカ氏(64)、中日打撃コーチの井上一樹氏(43)らの名前が浮上しては消えていった。

球団関係者は
「監督としての資質や、招聘への金銭的な問題などもあって、絞りきれなかった」
と話す。

白井オーナーによると、9月になって落合氏と極秘会談をもった。
その席で、谷繁の名前を挙げ、落合氏のGM就任と全面協力を得たという。

バックアップは素早かった。
落合氏がGMの職務をやりやすいように手を打った。

フロントを大粛清。
2年前の落合外しに動いた坂井克彦球団社長(68)ら球団首脳も退任となった。
坂井氏は
「その動きを中心になってやった人間が居座っているのは、筋としてよろしくないんじゃないか」
と言葉を残した。

現場の首脳陣も鈴木孝政2軍監督らを一掃した。
一方で落合GMの考え方に心酔したコーチ陣を揃えようとしている。
谷繁内閣のヘッド格に野球評論家の森繁和氏(59)らの名前が挙がっている。

谷繁はクライマックスシリーズを前にした10日に、名古屋市内で就任会見を開き、落合GMに対しては、
「8年間一緒にやってきた。僕の考え方も分かってくださっているし、落合さんの野球に対する考え方も多少なりとも分かっている。そういうことを考えると、意見を言えたりすると思う。自分の思うようにやりたい」
と、言いなりにならず独自色を出すと宣言した。

落合GMもその翌日の11日、球団事務所に足を運び、7時間にわたり、球団首脳、ドラフトが間近なためにスカウト部長らと話し合いをした。

「GMは監督以上に責任が重い。優勝するチームをつくらなきゃ、やる意味がない。お客さんがナゴヤドームに見に来てくれるよう、チーム全部が思いを込めて野球をやらないといけない。この船は一度沈没しちゃったんだ。立て直すには倍じゃなく、3、4倍の力がいる」
と、早期の復活を宣言した。

普段の活動については、
「オレは黒衣に徹するだけ。オレが表に出るとやりづらいでしょ。それがチームを浮上させる一番のポイント」
と、谷繁監督を後方支援に限定する。

ちなみに谷繁監督の契約年数は落合GMが明かしたところによれば、
「最低4年と考えている。5年目は彼の手腕にかかっている」
落合GMとの正式契約はまだで、立場上は
「社長の下です。文章の中にそれははっきりさせる」
(佐々木球団社長)

という。

微妙な立ち位置で、中日の落合GM-谷繁監督の新体制がスタートする。



    ↑
発言のニュアンスからすると、佐々木球団社長は現場に首を突っ込んできそうな気配です。

GMが球団社長より下なのはあたりまえでしょうに。

今さら何を強調しているのでしょうか?

この佐々木球団社長は、中日新聞社の営業出身です。

営業出身者が、野球の現場に首を突っ込むのはやめてもらいたいです。

この佐々木球団社長、ホントに大丈夫かな・・・????




ところで、気になる西武のニュースを一つ。

渡辺監督(ナベQ)が辞任しました。


西武・渡辺監督「5年優勝できず」…辞任表明

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131015-00000291-yom-base

watanabeseibuNabeQ.jpg
会見を終えて一礼する西武の渡辺監督(15日午前、埼玉県所沢市で)=源幸正倫撮影

プロ野球・西武の渡辺久信監督(48)は15日、今季限りでの辞任を表明した。

同日、埼玉県所沢市内の球団事務所で記者会見し、
「Aクラスには入ったが、今年で5年(続けて)優勝できていない。申し訳なく、自ら責任をとろうと思った」
と表明した。

14日のクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージでロッテに敗れた後、渡辺監督が、球団側に退団の意向を伝えたという。
監督6年目の今季は、1年契約でシーズンに臨んでいた。

渡辺監督は、就任1年目の2008年に日本一を達成。09年は4位だったが、以降は4年連続でAクラス入りを果たした。
6年目の今季はレギュラーシーズンを8連勝で締めくくるなど、終盤の追い上げで2位を確保。
だが、CSファーストステージで3位のロッテに敗れ、ファイナルステージ進出はならなかった。



一応、表向きには、

「辞任による勇退」

という形を取っていますが、実はナベQさんはクビです。

ナベQさんは最近監督としてはちょっとおかしくて、涌井投手が打たれたら抑えや中継ぎをやらせたり、中継ぎ投手が打たれたら反省文を書かせたり、ベンチでも選手の事をブツブツ悪口言ったり、晩年は選手間との信頼関係がめちゃくちゃでひどかったみたいです。

今中氏も結構毒舌家なところや、中田投手が中継ぎ投手をやらされてFA宣言みたいなところとか、中継ぎ投手の酷使連投など、竜投と今中コーチの間に信頼関係が崩壊して退団する事になったんだろうかと想像してしまいます。

ちなみに西武の監督で現在ロッテの監督をしている伊東監督も、西武の監督をクビになたっときは、選手への罵倒がひどくて、監督と選手間の信頼関係が完全に崩壊してしまったから、という事だったそうです。

西武伊東監督は裏方や球団職員にも毒舌をはきまくり、最後の試合では花束すら用意してもらえず、自分で花束を買って、相手チームの監督に渡してもらうように自ら頼んだというエピソードすらあるほどひどかったそうです。

2004年の落合竜に日本シリーズで勝利したときが伊東監督の頂点で、あとはボロボロだったということです。


落合監督はその後7年監督を続けて黄金期を築きあげるわけですが。



さて、この歴史的な事実を踏まえ、谷繁監督にはこの西武を去る事になった2人の監督の姿をよく見ておいていただきたいと思います。

そして選手を一切責めなかった落合監督の姿を思い浮かべ、何が監督の理想形なのかを肝に銘じていただきたいと思います。



高木おじいちゃんのダメな姿を2年間見てきた谷繁さんですが、やはり名捕手だった伊東捕手と同じく、谷繁捕手も激しい性格なので、特に伊東監督の西武時代の失敗を参考にしてもらいたいと思います。

谷繁監督は、監督になった以上、ドラゴンズの選手を罵倒したり攻撃したりすることは絶対禁止事項にしなければなりません。

はっきりいって谷繁監督にとっては、これが一番辛い作業なのかもしれません。

落合監督みたいに能面で不動の体制を取れるか否か、最初の1年はやはりキャプテンくらいの感覚で正捕手に専念し、周りのドラゴンズの選手達にも、

「最初の1年は俺の事をキャプテンくらいに見といてくれ」

と宣言してしまっても良いのかもしれません。



このたびのナベQさんの辞任と、西武伊東監督の辞任顛末については、谷繁監督には深く研究する価値のある歴史的事実であると思います。

谷繁監督には、ぜひ参考にしていただきたいと思います。





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テーマ : 中日ドラゴンズ
ジャンル : スポーツ

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「新しい監督(コーチ、GM)になって緊張感が出てきた。身が引き締まる。」
的なことを言ったドラゴンズの選手に対して谷繁は「周りが変わったからそうなるの
はおかしい。最初からやるのが当たり前」
的なことを言ったらしい…。
森繁HCも「自分の力を全部出し切った選手がどれだけいるのか聞いてみたい」と言っていたので、やはりジョイナスはぬるま湯だったのですね…。


66倍返し

落合GMがナゴヤ球場へ来た。遂に現場に来た。
オーラが違いますね。感動です。

谷繁監督と吉見投手の18.44メートルの会話はさすがですよね。
これがドラゴンズ史上唯一の黄金期であるオレ竜です。

新しい谷繁竜でも投手だけでなく、裏方・ファンの声を聴きとって頂いて素晴らしいチームを作ってほしいです。

頑張れ、落合GM・谷繁竜(^o^)丿

落合GMと谷繁監督頼んだやでー

谷繁監督と落合GMと森繁ヘッド3人が並ぶと頼もしいな。
来年は期待できる。
優勝目指して頼んだやでー。

No title

佐々木社長は「落合野球がお客が来ない原因はではない」という前提のもと、落合GM体制でお客さんを呼ぶにはどうするかを言うことで、営業としてのノウハウ人脈を期待されての就任で、現場に関してはGMにお任せの方針です。

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ちょーさんみたいに行きますように

中田選手との残留交渉に落合GMが出馬ですか!
私は中田選手には残って欲しいです。先発として試合を作れる貴重な投手なので
それにしてもこの件は何だか元ジャイアンツの槙原さんがFA宣言した時に長島さんが交渉したら残留した件を思い出してしまいます。
あの時は大府出身だからドラゴンズに来てくれる事を期待してたのに結局来なくてがっかりした覚えてあります。
是非落合GMの説得で残留して、中田選手を狙っている他球団をがっかりさせて欲しいです(笑)
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