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来季のドラゴンズの監督に必要な条件を、ドラゴンズの黄金期の名将から学んでみる件 その7













来季のドラゴンズの監督に必要な条件を、ドラゴンズの黄金期の名将から学んでみる件
http://dragonsdoh.blog.fc2.com/blog-entry-228.html

来季のドラゴンズの監督に必要な条件を、ドラゴンズの黄金期の名将から学んでみる件 その2
http://dragonsdoh.blog.fc2.com/blog-entry-233.html

来季のドラゴンズの監督に必要な条件を、ドラゴンズの黄金期の名将から学んでみる件 その3
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来季のドラゴンズの監督に必要な条件を、ドラゴンズの黄金期の名将から学んでみる件 その4
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来季のドラゴンズの監督に必要な条件を、ドラゴンズの黄金期の名将から学んでみる件 その5
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来季のドラゴンズの監督に必要な条件を、ドラゴンズの黄金期の名将から学んでみる件 その6
http://dragonsdoh.blog.fc2.com/blog-entry-234.html


に続いて、第7弾です。

長いドラゴンズの歴史の中で、たった一つの黄金期である落合竜を振り返る事で、来年のドラゴンズの新監督にはどのような人材がふさわしいのかについて考えてみるシリーズです。

日本でトップ3には入るであろう超一流スポーツジャーナリストの二宮清純氏の分析と、中村紀洋選手、川崎憲次郎氏、荒木雅博選手が落合竜時代に落合博満監督から教えられたもの、学んだもの、その人間関係についてです。


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「プロ野球監督」に見る人材マネジメント術  二宮 清純さん

https://jinjibu.jp/article/detl/keyperson/16/

史上初のストライキや球界再編騒動に揺れた2004年の日本プロ野球。
パ・リーグでは、近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブが合併、東北楽天ゴールデンイーグルスという新しい球団も誕生することになりました。
オリックス・仰木新監督や楽天・田尾新監督がどんな采配を振るうのか楽しみですが、スポーツジャーナリストの二宮清純さんによれば、米メジャーリーグの監督には「格付け」があると言います。
たとえば、30億円の予算規模のチームが勝率6割の成績を残せば名監督、80億円のチームで最下位なら腕が悪い監督、という具合です。
となると、さしずめ今年の日本のワースト監督は、大物選手獲得にあれだけ大金をはたいたのに3位に終わった巨人の堀内監督?
それはともかく、プロ野球の監督は選手を適材・適所・適時に配置しなければならないという点で、一般企業の人事とよく似ています。
二宮さんが語る野球監督の選手起用についての話は、企業の人材マネジメントの話に置き換えられるはずです。

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にのみや・せいじゅん●1960年愛媛県生まれ。日本大学卒業。
フリーランスのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、米メジャーリーグ、プロ野球、サッカーワールドカップ、ボクシング世界戦などを取材し、新聞、雑誌、テレビなどで幅広く活躍。地域や住民を中心としたスポーツクラブづくりにも取り組む。
主な著書に『スポーツ名勝負物語』『最強のプロ野球論』(ともに講談社現代新書)、『「超」一流の自己再生術』(PHP新書)、『野球と銀行』(木村剛氏との共著、東洋経済新報社)、『勝者の組織改革』(PHP新書)など。ウェブマガジン「SPORTS COMMUNICATIONS」(http://www.ninomiyasports.com/)も発信。

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「ヘッド・コーチ」ではなく「フィールド・マネジャー」

―― アメリカのメジャーリーグでは、監督のことを「フィールド・マネジャー」と呼ぶそうですが、他はサッカーもバスケットボールもアメリカン・フットボールも、監督はすべて「ヘッド・コーチ」です。
この違いはどこから来るのでしょうか。

野球では、試合における戦術や戦略よりも、むしろ選手起用の巧拙に勝敗の大部分が委ねられているからだと思います。
監督は、試合の中での選手の起用方法、すなわち「人材マネジメント」の技量が問われる。
サッカーやアメリカン・フットボールの場合、監督は対戦相手に応じた戦術や戦略を練ることに時間をかけますし、試合中の選手交代の回数も限られています。
野球では、ベンチ入りした20数人の選手全員が試合に出るケースもありますからね。

野球の試合の中でも「バントか強行か」「敬遠か勝負か」といった、監督の戦術が問われる場面はあります。
でも、そんな場面は一試合でそう何度もあるわけではありません。
それよりも先発ピッチャーを誰にするかとか、打線をどう組むか、リリーフは誰、代打は誰にするのか……そういった選手のマネジメントのほうに仕事の重きが置かれるんですね。
他のスポーツの監督とは違って、野球の監督がフィールド・マネジャーと呼ばれるのは、そのような理由からだと私は理解しています。

―― 野球の監督は選手起用の全権を握っているわけですね。

そうです。
グラウンド内での選手の「人事権」については、監督の専権事項です。
メジャーリーグの各球団にはゼネラル・マネジャー(GM)がいて、チームの総責任者ということになっていますが、そのGMもグラウンドの中のことには原則として口出しできません。
ただ、GMはチームの予算の編成権や執行権を握っていて、監督を選ぶのもGMの仕事ですね。
グラウンドの中と外に責任者がいて、その仕事の範囲がきっちり分かれているわけです。

―― 日本のプロ野球で言うと、たとえば1995年のオリックスの仰木監督は、相手の先発ピッチャーに応じて打線を組み替える「猫の目打線」でパ・リーグ優勝を果たしました。フィールド・マネジャーの面目躍如と言えますね。

当時のオリックスで不動のレギュラーを張れるほど実力のある選手は、イチロー(現シアトルマリナーズ)と田口壮(現セントルイスカージナルス)ぐらいでした。
となると、速球派の右ピッチャーと対戦するときはイチローと田口以外の誰を起用すれば打てるだろうかとか、技巧派の左ピッチャーならどうするかなどと、監督はあれこれ考えることになりますよね。
仰木監督は、昨日大活躍した4番打者でも、相手の先発が替わった今日は平気でベンチに置いて代打に備えさせる、そんな選手起用をしてみせました。

固定メンバーを組めなかったという意味ではオリックスは戦力が整っていなかったわけですから、そういうチームが戦力の整った相手と同じやり方で戦っても勝てないでしょう。
仰木監督の「猫の目打線」というのは、自分のチームの戦力を冷静に分析した結果のやり方であって、最初からやろうとしてやったのではないと私は思います。


「三原監督」と「落合監督」の人材マネジメント

―― 「私はこういうチームをつくりたい」と就任会見などで言って、指揮を執る監督もいます。

そういう監督はだいたい失敗しますね。
いまチームにどんな選手がいるか、それぞれの選手の特性は何か――ということも考えずに、「私はこれをやる!」と言い出す監督はフィールド・マネージャーとしては失格です。
選手がいて監督がいるのであって、監督がいるから選手がいるのではない、ということです。

譬えるなら、野球の監督の仕事というのは、与えられた食材でどのような料理を作るか、という表現行為だと思います。
監督が「こういう料理を作るんだ!」と決めたところで、食材がそろっていなければダメです。
手元にレタスとピーマンとトマトとパセリしかないときだったら、野菜料理しかできません。
その材料で肉じゃがを作ろうとしても無理。
監督がいくら「こういうチームにしたい」と思っても、今いる選手の特性に合ったチームしかできないということです。

その意味ですごいと思うのは、三原脩(故人)さんですね。
私は、日本プロ野球史上で最高の監督だと思います。
どうしてかと言うと、たとえば西鉄ライオンズを率いて1956年~58年に3年連続日本一を達成したとき、チームは「野武士軍団」と言われました。
大下弘さん、中西太さん、豊田泰光さん、稲尾和久さんといった個性派がそろっていて、自由奔放な野球で勝ち続けた。
でも、その2年後、60年に大洋ホエールズを率いて日本一になったときは、秋山登さん、土井淳さんのバッテリーを中心に、近藤和彦さんとか近藤昭仁さんなど東京6大学出身の選手が多い、ソフィストケートされた守りのチームをつくった。
西鉄と大洋は、チームカラーがまるで違っていました。

三原さんは「これだ!」というチーム作りをしなかったんですね。
こっちのチームは肉料理に仕上げ、あっちは和定食というふうに、食材=選手に合ったチームをつくり上げて、最高の結果を残した。
「打撃のチームをつくりたい」と思っても、強打者がいなかったらそれはできません。
だけどもいいピッチャーがたくさんいたら、投手力を中心とした守りのチームを目指すべきでしょう。
三原さんはそれが自在にできる監督でした。
選手に合わせて特色あるチームをつくれる、そんな監督が「名将」だと私は思いますね。

―― 2004年の監督の中では、就任1年目にしてセ・リーグ優勝の中日ドラゴンズ・落合監督が高く評価されています。故障のため3年間ほとんどマウンドに登っていなかった川崎憲次郎投手を開幕投手に起用したり、外国人選手の獲得やトレード補強などをしなかったり、これまでの監督だったらしないような手を打ちました。

失礼な言い方になるかもしれませんが、落合監督は私が考えていた以上にレベルの高いフィールドマネージャーでした。
監督に就任早々、「戦力の補強はしない」と言い切ったでしょう。
私は単に選手のモチベーションを高くするために言っているのかな、いずれ補強するんじゃないか、と見ていたのですが、そうではなかったんですね。
落合監督は
「今いる選手一人ひとりががんばることがチームを強くする近道であり、みんなが10%ずつでも成績アップしたら優勝できる」
というふうに考えたのではないでしょうか。
「補強はしない」
「がんばったものにはチャンスを平等に与える」
と監督が本気で言っていると知れば、一軍に定着できなかった若手も、出番が少なくなっていたベテランも発奮しますよね。
前年のレギュラー選手だってうかうかできません。
金に飽かせて他球団から選手を集め、レギュラーポジションをどんどん埋めていった巨人とは対照的でした。

現役時代に名を馳せた選手が監督になると、自分のやっていた野球を選手に押しつけることが多いんです。
「オレがこうやって成功したんだから、お前たちも同じようにやれ!」
と。
するとほとんど失敗しますが、落合監督はそれもしなかった。
「野球は監督ではなく選手がやるものだ」
と言って。
そんなこと当たり前なんですけど、その原則を踏み外さずに指揮が執れる、選手の特性を基にマネジメントができる人はそういませんね。
三原監督や落合監督のように、いつも選手の側に立ってものを考えるのは、簡単そうでむずかしいことなのです。


2軍落ちを命じた選手を納得させられるか

―― 落合・中日は西武との日本シリーズで先に王手をかけましたが、逆転され、結局50年ぶりの日本一のタイトルを逃しました。

西武ドームでのシリーズ第5戦、6対1で勝って王手をかけたとき、その後の第6戦、7戦は本拠地のナゴヤドームに戻ることもあって、中日が「絶対有利」と思ったファンも多かったでしょうね。
でも、私はそう思わなかった。
その第5戦直後の勝利監督インタビューで、落合監督が「らしからぬ」ことをしたからです。
これが勝負の分かれ目になるかもしれない――そう直感した。

お立ち台の上で、大声援を受けて落合監督は、涙ぐんでいました。
中日は王手をかけただけ、まだ日本シリーズを制したわけでもないのに……。
落合監督の心に「ようやくここまできた」「こんなに多くのファンが応援してくれている」という感無量の思いがよぎったのでしょう。
だが、まだ勝負はついたわけではない。
あの場面で監督が感情をほどくのは早すぎる、ほどいてはいけなかったと私は思いました。

涙ぐんだ落合監督にスキが生じたというのは、厳しすぎる見方かもしれません。
でも選手は監督を見ているものです。
その場面を直接見ていなくても、監督の感情は何となく伝わります。
逆に、西武の選手は「このまま負けてたまるか」と発奮したはずです。
これで流れが大きく変わりました。
50年ぶりの日本一に届かなかった大きな理由、それが第5戦で勝った後のインタビューにあったと私は考えています。

―― 監督が変わることで選手は成績が上がったり下がったり、力を発揮したりできなかったりということもありますね。選手にとって「いい監督」とは、どのような監督でしょうか。

「いい監督とは?」と訊ねたら、どの選手も「自分を使ってくれる監督だ」と答えますね。
選手はとにかく試合に出ないことには成績を残せないし、給料だって上がらないから、これは当然ですよね。

でも、なかなか出番を与えられない選手からも「この人はすごい」と思わせるのが、本当に「いい監督」でしょう。
2軍落ちを命じる選手とかレギュラーを外す選手を納得させられる――そういう監督が率いるチームは勝てます。
選手の納得の前提には監督の公平性があります。
2軍でもがんばればそれを監督が見ていてくれて、またチャンスを与えてくれるという信頼の糸がつながっていなければならない。
そういうチームは新陳代謝が激しく、不満がくすぶるようなことがありません。

それに、「いい監督」は「先見力」がありますね。
将棋でも、1手先より2手先、2手先よりも3手先まで読める棋士が強いでしょう。
来年のペナントレースがどうなるか、それを細かく具体的に読める監督は強い。
これは私の推測なのですが、イエス・キリストだって、あれほど崇められたのは、何か科学的な根拠をもとに先を読む力があり、それに人々が驚いたからではないでしょうか。

企業経営についても同じことが言えるでしょう。
業績が悪くなると、一部の経営者はただやみくもにリストラしようとしますが、それだけでは何の意味もないし、職場の士気は下がることはあっても上がることはない。
人は何で動くかというと「夢」を見て動くのではないでしょうか。
経営者は先を読んで、夢とかビジョンを社員に具体的に提示できるかどうか。
落合監督は就任早々から「優勝する」と繰り返して選手をその気にさせていきましたが、会社も「ウチの社長のビジョンを信じてやっていこう」ということになれば、生まれ変わることができるはずです。
監督は必ず解決方法を持っているはずだ――そう思わせることが改革の第一歩ですね。


野茂とイチローを開花させた「仰木マジック」

-- 選手の素材を発掘し、磨き上げ、一流に育てる――プロ野球の監督は選手の起用だけでなく育成の技量も求められますね。

たしかに選手の個性を見つけ、伸ばすことも大事な仕事です。
ただ、メジャーで活躍中の野茂英雄(前ロサンゼルスドジャース)やイチローはそれぞれ近鉄時代とオリックス時代に当時の仰木監督に育てられたと言われますが、私はそれは少し違うと思うんですね。
野茂とイチローの他にも、長谷川滋利、吉井理人、木田優夫、野村貴仁……など、仰木門下からは日本で一番多くメジャーリーガーが生まれている。
なぜだろうかと考えると、それは仰木監督が彼らの才能を「認めた」からだと思います。
あの野茂の「トルネード投法」にしても、オリックス時代のイチローの「振り子打法」にしても、誰かが教えてできるものではありません。
イチローの特異な打法は前の監督からは「あんなもん、ダメだ」と言われたわけですが、仰木監督は何も言わず、ただその才能を認めて彼らにやり方を任せていた。
野茂やイチローに限らず、一流になる選手ほど自分の信念を曲げませんからね。

さっきも言いましたが、トップに立つ人というのは自分の成功体験を下の人に押しつけたがるものです。
「オレはこれで成功したんだ、お前もやれ。そうすれば必ず成功する」
と。
でも、それは錯覚です。
そのやり方がたまたま自分に合っていたから成功した、ということであって、それで他人も成功するとは限りません。
仰木監督はそれがわかっていたから、野茂にもイチローにもほとんど教えることをしなかったのでしょう。
教えたらあるレベルまではスーッと伸びるだろうけど、その先で壁にぶち当たったら、それでおしまいです。
その壁を乗り越えて超一流になるためには、選手は自分ひとりで突破していく力を身につけないとダメなんですね。

「ウチのチームの選手は能力がない」と嘆くのではなく、粘り強く選手の力量を見きわめる。
才能のある選手のことを認めて、できる限りチャンスを与えてやる。
適材、適所だけでは、まだ足りない。
適時――すなわち、いつ使ってやるかということが大切です。
人材にも旬の時期があって、それを見抜くのが目利きの上司ということになるのでしょう。






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DeNA・中村紀洋、落合博満との対話

http://www.ninomiyasports.com/sc/modules/bulletin02/article.php?storyid=7046

2013-06-06

先月、通算2000本安打を達成した横浜DeNAの中村紀洋のバッティングフォームは独特である。
35インチと長尺のバットを目いっぱいに持ち、大きなテイクバックからフルスイングする。
一見、変化球に脆そうにも映るが、タイミングを狂わされてもバットを巧みにコントロールし、ヒットゾーンへ打球を運ぶ。
豪快さと繊細さ。
この二律背反の概念をうまく融合し、両立させたと言えるだろう。
日米6球団を渡り歩き、唯一無二とも言えるスタイルをどのように磨き上げたのか。
二宮清純が訊いた。

noriNinomiya.jpg
(写真:バットの長さは「今が一番長い」と明かす)

二宮:
中村さんと言えば、豪快なスイングが印象的です。
このスタイルは昔からですね。

中村:
基本的にはプロ入りした頃から変わりませんね。
もうちょっと最初は足を上げていたと思いますが、外国人に負けないように、という意識が今のかたちになりました。

二宮:
パワー以外の部分で外国人に勝とうと?

中村:
そうです。そのためにはヘッドを使わないといけない。
手をうまく使って、バットをムチのように扱う。
それでパーンとヘッドを走らせるんです。

二宮:
三冠王3度の落合博満さんのバッティングも参考にしたとか。

中村:
プロに入ってからテレビ局に頼んで三冠王時代の映像をまとめてもらい、ずっとビデオを見ていました。
落合さんのバッティングは見れば見るほど不思議なことばかり。
バットを軽く振っただけのように見えるのに、右方向に左バッターが引っ張ったような打球が打てる。
フルスイングしていないのに打球は力強い。
これは理想のバッティングだなと感じました。

二宮:
落合さんが巨人から日本ハムに移籍した時に、バッティングを教わりに行ったそうですね。

中村:
はい。
試合中、わざとフォアボールで歩いて、ファーストを守っている落合さんに聞きに行きました。
「スミマセン。バッティングを教えていただけませんか?」
と。
「何が聞きたいんだ?」
と言われたので、
「また、次の打席に来ます」
って……。

二宮:
そして次の打席もフォアボールを選ぶ(笑)。

中村:
打ってアウトになってもいけないし、ヒットでも二塁打やホームランになったら聞けない。
甘い球でも、狙いが外れた振りをして「ウ~ン」と見送る(笑)。
それで、なんとかフォアボールにして、心の中でガッツポーズしながら塁に出るんです。

二宮:
落合さんは何と言っていましたか。

中村:
「どうでしたか? 見ていただけましたか」
と尋ねると、一言だけ言われました。
「遅い」

二宮:
遅い?

中村:
何が遅いのかなと考えました。
始動なのか、タイミングなのか、ヘッドスピードなのか……。
わからなかったので、またフォアボールを選んで聞きました。
「自分なりに、いろいろ早くしてみたんですけど、どうですか?」
と。

二宮:
落合さんの答えは?

中村:
「まだ遅い」
それで終わりでした。
答えを教えてくれたのは、落合さんが引退してからですね。
解説者として春の日向キャンプに来られて、バッティング練習をしていると、ケージの後ろからまた
「まだ遅い」
と言われました。
その時、
「オレは構えに入った時に、90%以上は体重が後ろの軸足に乗っていたぞ」
と教えてくれたんです。
僕はピッチャーのモーションに合わせて体重移動していたんですが、それでは
「遅い」
という意味でした。

二宮:
それを機に落合流を実践できるようになりましたか。

中村:
いや、これが簡単そうでなかなか難しい。
軸足に早く体重を乗せるにはどうすればいいか、未だにいろいろ考えながら取り組んでいる最中です。
だいぶコツは掴みかけてきましたが、まだまだ落合さんの言っていたレベルには到達していないと思います。

二宮:
07年には落合さんが監督を務めていた中日に入団します。
バッティングの奥義に触れる場面も増えたのでは?

中村:
それを期待したのですが、全くアドバイスもなく、褒められたことすらないんです。
ホームランを打っても喜んだ顔を見たことがない。
唯一、2007年の日本シリーズでMVPになって、祝賀会で感謝の思いも込めてビールをかけに行った時、
「おお、良かったな」
と声をかけてくれた。
そのたった一言がすごくうれしかったですね。
もう他には何もいらないという気持ちになりましたよ。

二宮:
昔は髪を金色に染め、無精ひげを生やして、言動もツッパっているイメージでしたが、年齢とともに丸くなってきた感があります。

中村:
昔のスタイルは本当はやりたくなかったんですよ。
ただ、近鉄はローカルチームで、入団した頃の全国区の選手と言えば、野茂英雄さんくらいしかいなかった。
だから、ちょっとでも有名になって盛り上げたいなと。
それでマスコミに乗せられて便乗しただけなんです。
発言にしても、自分の口から出た話でなくても、
「そのほうが新聞が売れるなら、どうぞ勝手に書いてください」
というスタンスでした。
いちいち否定するのも面倒なので、放っておいたらイメージがひとり歩きしたんです。

二宮:
この先、個人目標としては満塁ホームランの記録をあげています。
現在、14本。
あと1本でNPB記録を持つ王貞治さんの15本に並びます。

中村:
あと1本、何とか打ちたいですね。
今年のベイスターズはチャンスがある。
前のバッターがトニ・ブランコだから二、三塁で敬遠してくれれば、満塁でまわってくる打席は多いと思うんです。

二宮:
しかも、今季は昨年までと比べると「ボールが飛ぶ」と評判ですからね。

中村:
僕の感覚では去年の終わりごろから飛ぶようになってきました。
ボールが変わっただけでなく、統一球の打ち方に慣れてきた面もあるんじゃないでしょうか。
今のボールは打つ時に力むと飛ばない。
昔のようにヘッドを利かしてポーンと打つことが大事です。
だから、僕のフォームも、ヘッドを走らせようと試行錯誤していた近鉄時代にまた戻ってきているんですよ。




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川崎憲次郎(プロ野球解説者)<前編>「驚きの“開幕投手抜擢”の舞台裏」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32003

2012年03月09日
スポーツコミュニケーションズ

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巨人ファンでもヤクルトを希望!?

二宮:
さて、いよいよプロ野球の開幕が近づいてきました。
川崎さんと同世代の選手は、だいぶ少なくなってきていますね。

川崎:
そうですね。
同級生だと宮本慎也(東京ヤクルト)、谷繁元信(中日)、石井琢朗(広島)の3人が頑張っていますね。

二宮:
川崎さんは大分・津久見高から1988年のドラフトで1位指名を受けてヤクルトに入団されました。
その年、島根・江の川高(現・石見智翠館高)から大洋(現・横浜DeNA)に1位指名を受けたのが谷繁でした。

川崎:
谷繁は高校時代から強肩強打のキャッチャーとして有名でした。
彼は2、3年の夏に甲子園に出場していますが、その前から雑誌に出ていて、注目されていたんです。
だから僕も、いつ対戦してもいいように警戒していたバッターの一人として見ていました。

二宮:
川崎さんも高校時代から評判のピッチャーでした。

川崎:
地元では、ですけどね(笑)。

二宮:
いえいえ。巨人も1位で指名したくらいの本格派右腕でした。

川崎:
巨人とヤクルトの競合という感じでしたからね。
こんな僕に、2球団も手を挙げてくれるなんて、ありがたいなと思いましたよ。

二宮:
ちなみに川崎さん自身は、当時、どちらを希望していたんですか?

川崎:
土地柄もあって、もともと巨人ファンではあったのですが、その時はヤクルトに行きたいなと思っていたんです。
というのも当時は、栗山英樹さん(現・北海道日本ハム監)や池山隆寛さん(現・ヤクルト二軍コーチ)、ギャオス内藤(尚行)さんらをテレビのバラエティー番組でよく目にしていたんです。
「ヤクルトって、若い選手がたくさんいて、面白そうなチームだな」
という印象があった。
それで、自分も入りたいなと思っていました。

二宮:
入団1年目は関根潤三さんが監督でした。

川崎:
関根さんは厳しかったですよ。
笑いながら怒るんですから、怖いですよね(笑)。

二宮:
アハハハ。
そして、2年目に野村克也さんが監督に就任されました。

川崎:
キャンプの時は毎日1時間から1時間半くらいミーティングでしたね。
大変でしたけど、野村さんには野球の理論を教わりました。

二宮:
配球とかバッター心理とか、
「それまで教わったことのないことばかりで、最初は頭が混乱した」
という話をよく聞きます。

川崎:
そうですね。
ただ、野村さん自身、
「これはあくまでもデータだから、困った時に使え」
と言っていたんです。
一番大事なのは、マウンドで感じたものだと。
ですから、配球については、古田敦也さんと相談しながら投げていました。


15年ぶり日本一の立役者

二宮:
ヤクルトでの優勝回数は?

川崎:
リーグ優勝が4回、日本一が3回です。
ただ、92年は故障で投げていないんです。

二宮:
15年ぶり2度目の日本一を達成した93年には、MVPに選ばれました。
この時の日本シリーズの対戦相手は、西武でしたね。
当時の西武はまさに“黄金時代”。
投手陣には工藤公康、渡辺久信、郭泰源、石井丈裕、鹿取義隆、潮崎哲也。一方、野手は清原和博、秋山幸二というスラッガーがいて、辻発彦、石毛宏典、伊東勤らも素晴らしい働きをしていました。

川崎:
日本シリーズ3連覇していましたから、本当に強かったですよ。
いろんなタイプの選手が、全員機能しているチームでした。

二宮:
その西武を相手に、川崎さんは2試合に先発して2勝を挙げています。

川崎:
実は僕、あまり期待されていなかったと思うんです。
というのも、前年はケガで戦列を離れていたので、日本シリーズで投げていないんです。
93年のペナントレースでは10勝を挙げてはいたのですが、やはり日本シリーズでの実績がありませんでしたから、野村監督も不安だったと思いますよ。

二宮:
第4戦で投げて、8回を無失点に抑えました。
ヤクルトが1-0で勝って、これで3勝1敗。
この勝利はチームにとって大きかったでしょうね。

川崎:
いやぁ、本当にたまたまいいピッチングができましたよね。
第7戦にも投げたんですけど、もともとは僕の予定ではなかったんです。
ところが、第6戦が雨で1日延びた関係で、第7戦が中4日になった。
それで急遽、僕が登板することになったんです。

二宮:
それでMVPに輝いたと。

川崎:
その年は本当にツキがありましたね。


FA移籍直後のアクシデント

二宮:
98年には沢村賞を獲得しました。

川崎:
プロ野球に入った時、
「いつか獲れればいいな」
と思っていましたが、まさか本当に自分が獲れるとは思っていませんでしたから、ビックリしましたね。

二宮:
川崎さんと言うと、“巨人キラー”の印象があります。
故障から復活した97、98年はシュートが冴えました。

川崎:
そうですね。通算88勝のうち、巨人には29勝しているんです。

二宮:
2000年オフに中日にFA移籍されました。
“打倒巨人”に燃えていた当時中日監督の星野仙一さん(現・東北楽天監督)からラブコールを受けました。

川崎:
星野さんからの期待は十分に理解していました。
ですから、それに応えたいという気持ちで中日にFA移籍しました。

二宮:
ところが、1年目のオープン戦で右肩を痛めてしまいました。

川崎:
確か2、3試合目の登板だったと思うのですが、近鉄戦でタフィ・ローズにカットボールを投げた時、右肩がブチッと。
もう一発で
「これはヤバいな」
と思いましたよ。

二宮:
FA移籍をして1年目。
星野さんを始め、球団から大きな期待を背負っていたわけですから故障で投げられないとなると、周囲からの目も厳しかったのでは?

川崎:
それはやっぱり大変でしたね。
「1年目でいきなりケガかよ」
という視線が痛かったです。
でも、そういう周囲とか肩の痛みとかっていうよりも、野球ができないということが一番辛かったですね。

二宮:
結局、3年間一度も一軍登板はありませんでした。
ところが、落合博満監督就任1年目の04年、開幕投手に抜擢されました。
あれには、ビックリしました。

川崎:
僕自身、最初は信じられなかったですからね。
周囲はそれ以上にビックリしたでしょうね。
発表があった時は
「『上』と『崎』を間違えたんじゃないか」
と言われましたから(笑)。
当時、川上憲伸がエースになりつつありましたからね。


一縷の望みをかけた開幕投手

二宮:
落合監督から開幕投手の話があったのはいつですか?

川崎:
その年の1月3日に落合さんから電話があったんです。
「新年の挨拶かな」
と思っていたら、
「今シーズンの開幕はオマエでいくから」
と。
その言葉にビックリしてしまって、あとは何を言われたか覚えていないんです。

二宮:
それに対して、川崎さんは何と返事をしたんですか?

川崎:
「わかりました、やらせていただきます」
と言いました。
というのも、断る理由がなかったんです。
まだ多少痛みもありましたし、本来の自分の球が投げられてはいなかったんですけど、それでもなんとかゲームで投げられる状態ではありましたから。
それに、もしかしたらこれを機に肩がよくなるかもしれないという、かすかな望みもありました。

二宮:
キャンプでその時のことを谷繁に聞いたら、彼は知っていたそうですね。

川崎:
そうみたいですね。
僕も落合さんの著書『采配』を読んで知ったんです。
僕は監督と投手コーチだった森繁和コーチくらいかなと思っていました。

二宮:
キャンプから開幕に合わせた調整をしていたわけですね。

川崎:
そうです。
落合さんは、みんながいる前で堂々と
「肩の調子はどうだ?」
「いけるか?」
と声をかけてきていました。
でも、まさかそんな早い時期に開幕のことを決めているなんて、誰も思っていないじゃないですか。
「キャンプでは全員横一線」
が普通ですからね。
ただ、紅白戦やオープン戦の最初の試合にも先発しているんです。
だから、今考えると、わかりやすいサインを送っていました。

二宮:
選手もファンも、開幕戦で川崎さんの名前が呼ばれるまでは、半信半疑だったでしょうね。

川崎:
そうだったでしょうね(笑)。
なんとかその落合さんの期待に応えたかったのですが、その試合は1回1/3で5失点と散々な結果に終わりました。
唯一の救いだったのは、チームが逆転して勝ったことですね。

二宮:
「川崎さんを負け投手にするわけにはいかない」
と、チームが一つになったとか。

川崎:
直にそう聞いたわけではないのですが、『采配』を読むと、そう書かれてあって、
「あぁ、本当だったんだな」
と。
ありがたいことですよね。

二宮:
その年限りで現役を引退されました。

川崎:
開幕戦で投げさせてもらったものの、結局、肩はよくなりませんでした。
自分の球が戻らなかったので、
「潮時かな」
と。
引退試合ではヤクルト戦で先発として1イニングを投げさせてもらいました。
両チームの選手から胴上げまでしてもらって……。
そういう場を与えてくれた球団には、本当に感謝しています。

(後編につづく)

<川崎憲次郎(かわさき・けんじろう)プロフィール>
1971年1月8日、大分県生まれ。津久見高3年時にはエースとして、甲子園に春夏連続出場し、ともにベスト8進出。89年、ドラフト1位でヤクルトに入団した。1年目から活躍し、“巨人キラー”の異名をとる。93年の日本シリーズでは2勝し、MVPに輝いた。98年には17勝を挙げ、最多勝と沢村賞を獲得する。2001年、中日にFA移籍したが、その年のオープン戦で右肩を痛め、その後3年間、一軍登板はなかった。04年には開幕投手に抜擢されたが、1回1/3を5失点でKO。その年限りで現役を引退した。通算237試合に登板し、88勝81敗2セーブ、防御率3.69。現在は野球評論家として活躍している。





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二宮清純レポート 中日ドラゴンズ 荒木雅博 内野手34歳
「名手の誇り、職人の意地」


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31902

2012年03月04日

ちょっとした事件だった。
球界随一の名手同士のコンバート。
職人と呼ばれた二塁手にとって、遊撃はまるで未知のフィールドだった。
あれから2年、もがき抜いた男は、再び元の聖域へと帰る。


落合さんを本気で恨みました

セカンドとショートを野球の世界ではキーストーンコンビと呼ぶ。
キーストーンとは二塁ベース。
多くの打球がこの付近を通過し、野手と走者が知略を駆使してベースの争奪を繰り広げる。
つまり二遊間はフィールドにおける要害の地である。

落合博満政権下の8年間で4度のリーグ優勝を達成した中日には荒木雅博というキーストーン・プレーヤーがいる。
彼の存在なくして落合中日の躍進はありえなかった。

その荒木が落合に面と向かって、こう言ったのは落合がチームを去る直前のことだ。

「監督、本当に殺したいと思っていましたよ」

フフッと笑った落合、すぐさまこう切り返した。

「ようオマエ、泣き言言わんかったなぁ」

落合の命令で荒木がセカンドからショートにコンバートされたのは'09年のシーズンが始まる前のことだ。
落合は'04年の監督就任当初から、セカンドの荒木とショート井端弘和のコンバートをほのめかしていた。
結局、'09年は二人がともに故障したこともあり、プランを実行するのは1年先延ばしになった。

このコンバートは専門家の間でも懐疑的な見方が支配的だった。
なにしろ荒木と井端の〝アライバ〟は'04年から6年連続でゴールデングラブ賞に輝く、球界きっての名コンビなのだ。

なぜ、この期に及んで息の合った二人のポジションを入れ替える必要があるのか。
あのピンク・レディーだってケイちゃんとミーちゃんの立ち位置は不変だったではないか。
荒木の心中も複雑だった。

「落合さんは監督に就任した時から(コンバートの)話をしていたので、いつかはやるんだろうと心の準備はしていました。しかし、まさか本当にやるとは・・・・・・」

高校(熊本工)時代は名の知れたショートだった。
プロでも入団2年目の'97年には16試合、ショートのポジションについている。

しかし、'02年にセカンドのレギュラーに定着してからは、数えるほどしか〝里帰り〟はしていない。
久しぶりのショートは荒木にとって針のムシロだった。

「一番ショックだったのはファーストまでボールが届かないこと。普通に投げたら全部ワンバウンド。思いっきり投げたら暴投になりました。暴投だけじゃありません。トンネルはするわ、はじくわ・・・・・・。〝オレ、こんなんで試合に出ていいのかな〟と落ち込みました。その頃は、冗談ではなく落合さんを恨みました。〝オレの野球人生、どうしてくれるんだ!?〟って。悔しくて眠れない日が続きました・・・・・・」

セカンドとショート、同じ内野のポジションでありながら、動きはまるで違う。
頭ではわかっていても、体がいうことをきかない。
体に染みついた慣れとは、それくらい恐ろしいものなのだ。

呻吟する荒木を目の前にしながら、しかし落合は一度も助け船を出さなかった。
そればかりか、傷口に塩を塗り込むように、こう言い放った。

「オマエ、もう戻るところはないからな。ここでダメなら、それは野球をやめる時だ」

血も涙もないとは、このことだ。
ここまで冷酷に言われれば荒木でなくても後ろから首を絞めたくなるだろう。

荒木は腹をくくった。

「僕にも意地がありましたよ。このままじゃ終われないって・・・・・・」


宮本慎也のアドバイス

そもそも、落合はなぜ円満なカップルに波風を立てるような無粋なことをしたのか。

それに対する落合の答えはこうだ。

〈守備の名手をあえてコンバートした大きな理由のひとつは、井端と荒木の守備に対する意識を高め、より高い目標を持ってもらうためだ。若い選手はプロ野球という世界に〝慣れる〟ことが肝心なのだが、数年にわたって実績を残しているレギュラークラスの選手からは、〝慣れによる停滞〟を取り除かなければいけない。
(中略)
監督という立場でドラゴンズの2、3年先を考えると、井端の後釜に据えられる遊撃手が見当たらなかった。そこに荒木を据えて2、3年後も万全にしておきたいという事情もあったわけである〉
(自著『采配』ダイヤモンド社)

'10年、荒木は12球団で2番目に多い20個のエラーを記録した。
オレを使い続ける監督が悪いと開き直ったところで問題は何も解決しない。
助けを求めた先は他球団の先輩だった。

「昨年のキャンプの時です。ヤクルトの宮本(慎也)さんに〝食事に行きましょう〟と誘ったんです。名手からいろいろと話をお伺いしようと・・・・・・」

言うまでもなく宮本はショートで6回、ゴールデングラブ賞を獲得している名手である。
荒木にすれば〝溺れる者はワラをも掴む〟の心境だった。

名手のアドバイスはシンプルだった。

「ボールの追い方を考えなさい」

この一言で目の前の霧が晴れた。
そうか、そういうことだったのか・・・・・・。

荒木の解説---。

「セカンドの習性としてはボテボテのゴロを内野安打にしたくないんです。だから最初から前で守って打球を横に追っていく。それによって少々、送球の体勢が崩れてもファーストまでは近いから、何とかアウトにすることができる。ところがショートはそうはいかない。横に追っていってグラブに入れただけではファーストには間に合わない。ショートの場合、斜めから回り込むように打球を追い込んで、すぐにスローイングできる体勢をつくらなければいけないんです。そのために一番、重要なのは足。足が使えなければショートは守れない。僕の送球が安定しなかったのも、足が使えていなかったのが原因です。昨年、それを実践してみて、やっと落合さんが言っていたことが理解できました。〝あっ、監督が言っていたのは、これだったのか!〟と。落合さんは常々〝下半身を使え〟と言っていましたから・・・・・・」


打球の「質」が見える

荒木は'95年、ドラフト1位で熊本工高から中日に入団した。
福留孝介(シカゴ・ホワイトソックス)、原俊介(元巨人)の〝ハズレのハズレ1位〟だった。

その年の高校生内野手は銚子商の澤井良輔(元千葉ロッテ)とPL学園の福留が東西の両横綱だった。
荒木は2度、甲子園に出場していたものの、目立った活躍はしていなかった。

「実は2年の冬、全日本高校選抜チームが結成されてオーストラリアに行ったのですが、福留君や澤井君はメンバーに選ばれたのに荒木は選ばれなかった。そうした悔しさがプロでの成長のバネになったと思っています」

そう振り返るのは熊本工時代の監督、山口俊介(現熊本大コーチ)だ。元巨人の緒方耕一や広島の前田智徳も、山口の教え子だ。

「荒木を最初に見た時、印象に残ったのは走る姿の美しさです。当時から身長が180cm近くある大型ショートでしたが、とにかく一歩目の出足が鋭い。前進守備でセンターに抜けそうな打球をよく追いついて止めていました。ある時、チームメイトが〝どうして捕れたんだ?〟と聞いたんです。荒木は〝打球が詰まっているのが見えたから追いかけたんだ〟と答えました。これには驚きました。要するに打球の質までちゃんと見えていたということですよ。ただ足が速いとか肩が強いというだけではなく、観察力や判断力がある。これは将来が期待できる、プロに行ける可能性のある子だな、と思いましたね」

プロ入り1年目、二軍監督は正岡真二(現中日スカウト)だった。
正岡と言えば現役時代は守備のスペシャリストである。
ルーキーに基礎を叩き込むにはうってつけの人物だった。

「荒木に教えたのは、足の運びです。下が使えなければ守備はうまくならない。プロに入った頃の荒木はスピードがあり、守備範囲も広かったがスローイングに難がありました。それは足がうまく使えていなかったからです。といって、難しい練習をやらせたわけではない。基本的な動きの反復練習です。頭ではなく体で覚えさせました。守備がうまくなるのに近道はないんです」

正岡には指導者として種田仁を一人前のショートに育てた経験があった。
その時に学んだのが忍耐力である。

「当時、チームではショートの立浪和義をセカンドにコンバートし、種田をショートに回す計画がありました。立浪に長く野球をやらせるためにはセカンドの方がいいという判断によるものです。問題は種田です。高校時代はサードを守っていたせいか、補球の際にボールと衝突するんです。これを直すのに1年かかりました。毎日、同じことの繰り返し。足を使って前に出る、後ろに引く。こっちが音を上げたら選手は付いてきません。教えることがいかに難しいかを、こちらが教わりましたよ」

同じドラフト1位でも、立浪が天才なら荒木は努力家だと正岡は評する。

「立浪はプロに入った時から自分のスタイルを持っていた。いい意味で練習中に抜くことも知っていましたね。ズルさもありました。翻って荒木は黙々と頑張る努力家。正直言って、あれほどまでの選手になるとは思いませんでした」

これがやりたかったんだ
落合が面白いことを言っていた。
荒木は自分を過小評価している---。
もっと自分のプレーに自信を持てということなのだろうが、本人はどこまでも謙虚だ。

「落合さんには〝試合に出る時くらいは自分を過大評価しろよ〟と言われたんですが、〝申し訳ありませんが監督、そこだけは直りません〟と答えました。だってプロに入った時、〝よくやって10年、代走とかやって終わっていく選手だろうな〟と思った僕が、今年で17年目のシーズンを迎えるんですよ。もう、それだけで信じられないんです。スイッチヒッター転向にも失敗したし、僕は器用な選手ではないんです。自分がうまいと慢心したら、練習に真剣に取り組むこともできなくなるでしょうね」

高木守道新監督の方針もあり、荒木は、今季、再びセカンドのポジションに戻る。
それを、あたかも予見していたかのように落合はこう述べている。

〈この先、二塁手に戻るようなことがあれば、間違いなく以前を遥かに超えたプレーを見せるはずだ。遊撃手を経験したことにより、荒木の守備力は「上手い」から「凄い」というレベルに進化しているのだ〉
(同前)

広く知られるように「学ぶ」の語源は「真似ぶ」である。つまり「真似る」ことが上達の第一歩なのだ。

荒木には忘れられないプレーがある。
巨人を倒して西武が日本一を達成した'87年の日本シリーズ第6戦で、それは飛び出した。

2対1と西武が1点リードで迎えた8回裏2死一塁の場面で秋山幸二の打球はセンター前に飛んだ。
巨人のセンターはウォーレン・クロマティ。
捕球すると、例のごとく山なりのボールを中継に入ったショートの川相昌弘に返した。

このスキを一塁走者の辻発彦は見逃さなかった。
フルスピードで二塁を駆け抜け、あろうことか三塁も蹴ってホームを陥れたのだ。
試合を決定づける1点が入り、巨人ベンチは水を打ったようにシーンと静まり返った。

実はこのプレーには伏線があった。
三塁ベースコーチの伊原春樹はクロマティが緩慢な返球をすることに加え、中継の川相がホーム方向を振り向かないクセがあることを知っていた。
いつか巨人の杜撰さを突いてやろうと、虎視耽々と手を回す機会をうかがっていたのだ。

「僕、あのプレーが頭から離れないんですよ」

振り返って荒木は言った。
この時、荒木は10歳の少年だった。

「たまたまテレビで日本シリーズを観たんです。すると、あのプレーが飛び出した。もう、すっかりハマっちゃいましたね。スキあらば先の塁を狙おうという僕の野球の原点は、あのプレーにあると思っています」

荒木の姿が辻に重なったのは'04年の西武との日本シリーズだ。
第5戦の3回、1死無走者からレフトオーバーの打球を放った。

通常なら二塁でストップする場面だ。
ところが荒木はノンストップで二塁を回り、三塁に達した。
レフト・和田一浩の緩い返球と、中継のショート・中島裕之が走者を見ないクセを知っていたのである。

「あの時、初めて僕はプロ野球選手になったんだという実感を得ました。これがやりたかったんだ、と叫びたい気持ちでしたね」

運命の巡り合わせか、昨季まで辻とは2年間、一緒に野球をやった。
辻は一軍総合コーチとして荒木の指導にあたった。
セカンドで史上最多、8度のゴールデングラブ賞に輝いた名手はサード、ショートを守った経験も持つ。
ある意味、セカンドとショートの違いを誰よりも知る男だった。

「それまでセカンドをやっていた者がショートになって一番困るのはファーストまでの距離感なんです。セカンドは打球を待って捕ってもアウトにできる。でもショートはそうはいかない。ジャッグルしたら、もう終わりです。荒木も最初のうちは、この距離感の違いに戸惑ったと思います。ショートへのコンバートに関しては不満もあったようです。グチもこぼしていました。言葉は悪いですけど、セカンドにいたらラクできますからね。そこで僕は言いました。〝言いたいことはあるだろうけど、先のことを考えろ。このコンバートはマイナスにはならない。選手寿命も延びるぞ〟ってね。実際、一昨年と昨年を比べると、はるかに昨年のほうが良くなったと思いますね」


だから野球は面白い

ここまで守備に誌面の多くを割いてきたが、昨季まで1528安打を放つなど攻撃面でも中日の躍進を支えてきた。
曲者ぶりを遺憾なく発揮したのが昨季、日本シリーズ進出を決めた東京ヤクルトとのクライマックスシリーズ・ファイナルステージ第5戦である。

中日打線はこの日、ヤクルト先発・館山昌平に手玉に取られていた。
5回が終わった時点で、ヒットはわずかに2本。
中日の先発・吉見一起も好投し、ゼロ行進が続いていた。
ゲームの内容から判断すれば、どちらが勝っても僅少差。
1対0か2対1のスコアが予想された。

6回裏1死から、1番の荒木が四球で出塁した。
いつもより荒木はリードを約半歩分、広めにとった。
実はこれ、「牽制球をもらう作戦」だったのである。

本人の解説。

「館山に血行障害があることは知っていました。僕が塁に出ると、彼の様子が変わったんです。執拗に指先を気にし始めた。それまでのピッチングが良かったものだから〝あれ、どうしたんだろう?〟と。そこでリードを広くとった。牽制球をもらえば、またヘンな仕草を始めるかなと・・・・・・」

無言の挑発を繰り返す一塁走者に館山は5球も牽制球を投じた。
それによって18・44m先の相手に対する集中力が鈍ったわけではあるまいが、カウント2-2からのシュートは高めに浮いた。
精緻なコントロールを誇る館山にしては珍しい失投だった。

井端がコンパクトに振り抜いた打球はレフトポール際に飛び込んだ。
荒木の無言の挑発が引き出した決勝2ランだった。

「あの日、館山のシュートはいいコースに決まっていた。打ち崩すのは容易ではない雰囲気でした。走るぞ、走るぞと揺さぶりをかけたのは〝ちょっとでも甘く入ってくれ〟という狙いがあったからです。結果的に井端さんのホームランが飛び出すわけですが、ああいう勝ち方をすると周りの誰も褒めてくれなくても、自分自身が一番うれしいんですよね。〝よし、今日はオレの勝ちだ〟って。井端さんの打球がスタンドに入った瞬間、〝よし!〟と思いましたよ」

荒木雅博という男、知れば知るほど奥深く、味がある。
今季、プロ野球を観る愉しみが、またひとつ増えた。




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自分の事しか考えない高木守道のしょうもないニュースが配信される中、


高木監督セ5球団に負け越しで眠れない

http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/179207/

東スポWeb 9月2日

投手陣が踏ん張って延長12回、巨人と引き分けた中日。
この3連戦は首位チーム相手に1勝1敗1分けで、少なからず意地を見せた格好となったが、高木守道監督(72)は全く納得していなかった。
「負けなくてよかった? そんなこと、言ったらこっちが弱いみたいやん。こっちが勝てたゲームや!」
と吐き捨てると怒りの矛先は若手野手陣へ。
「若いのが全然、状況が読めてない。(堂上)剛、柳田、(高橋)周平といったところがね。ボール球ばっかり振っとる」
とプリプリだ。

“瞬間湯沸かし器”の異名を取る老将だが、ここへきて、さらに気が短くなってきている。
1日現在、セ5球団すべてに負け越しているからだ(対巨人9勝11敗1分け、対阪神7勝11敗、対広島8勝10敗、対DeNA8勝9敗、対ヤクルト10勝11敗)。
これが気になって
「昨日は(深夜)12時に寝たんだけど目が覚めたらまだ2時だったよ。それからはもう寝れえへん」
と、この日はほぼ徹夜状態で指揮したとか。

「今季で2年契約が切れる高木監督は(年齢的にも)今年限りとなれば、もう二度とユニホームを着る可能性がなくなりそうだからね。仮に3位に入ってクライマックスシリーズ(CS)に進出したとしても、リーグ全球団に負け越していたら格好が悪い。それは何としても阻止したいという気持ちなんでしょうね」
(チーム関係者)

3日からは3位・広島との直接対決3連戦が控えるが、高木監督はそれよりもまず
「(5球団に対して)ここからは大変だけど2勝1敗、2勝1敗でいかないとタイにならん」
と声を大にする。
絶対にこのままでは終われないとの意気込みだ。




睡眠不足になる程に、

「自分の評判がガタ落ちになる事への心配」

に悩む高木守道の、自分の事しか考えない自分勝手なニュースです。


落合竜時代、落合監督は、

「どうしたら優勝できるのか?」

と悩み続け、ホームでは自宅で、遠征先ではホテルで、睡眠時間を削って作戦を練り続けていました。

それは2006年の優勝時のインタビューで、

「あれだけ(北谷キャンプで)練習させて、優勝できなかったらどうしようと思っていた。」

と語っていた事でもわかるように、落合監督はいつも選手の存在と、優勝の事だけが念頭にありました。


そんな落合監督と比べると、選手の事は全く気にせず、自分の評価だけを気にする高木守道のゲスな感じがよく伝わってくるニュースです。


残り試合を全勝したところで、高木守道の愚将の評価がくつがえるわけでもないのに、投手を酷使しまくっています。


【中日】CSローテだ4日は昌から大野へ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130902-00000067-nksports-base

逆転でCS進出を狙う4位守道竜がローテを再編したことが2日、分かった。
現在2ゲーム差で3位広島を追う中日は、3日からマツダスタジアムで直接対決3連戦。
初戦先発の中田賢はローテ通りだが、4日の2戦目は山本昌ではなく、中4日でエース格の大野雄大投手(24)を投入する。

前半最終週に続き、今季2度目の中4日となる大野はこの日、マツダで調整。

チームが6連敗中の苦手大竹との投げ合いになるが
「中4日は今年1回やってるし、体的には大丈夫です。そこに当てられる意味を考えてすごく燃えています。やったるって言う気持ちが強い。1点もやらないピッチングをしたい」
と必勝を誓った。
5日の3戦目は右肩故障を経ての1軍昇格後、2戦連続好投中の川上が務めるもようだ。




高木中日2年間でさんざん中継ぎ投手を酷使しまくった挙句に負けまくり、ドラゴンズの16年ぶりの借金記録を樹立して、最後は何とかCSに出場する事でなんとか最後を取りつくろいをしようとする高木守道の姿があざといです。

セリーグ全チームと交流戦に負け越して、ずっとBクラスで、今さら何を格好つけてんだか訳が分からない高木守道ですが、中継ぎ投手が疲労困憊状態のままに、さらに先発投手を酷使し、5割にも到達せぬままにCSに出場しようとする高木守道の姿はみっともないの一語に尽きます。

まともなドラゴンズファンは、高木守道が余計な事をして選手のケガ人を増やさないようにして欲しいという願望しか持っていないので、こういう無理を重ねるような事はやめてもらいたいんですがね。

その割には、


【中日】高木監督、他力頼み「巨人がカープを負かしてくれるだろ」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130902-00000224-sph-base

中日・高木守道監督(72)は2日、3位の広島を追う立場にもかかわらず、3日からの直接対決を
「1勝1敗1分けでいい」
と言ってのけた。
24日からの最後の広島3連戦(ナゴヤD)を
「真の決戦」
と位置付けた。


練習中、雨にぬれながらマツダの外野を約15分間歩いた指揮官。
「全部勝ちたいけど、そんなわけにもいかん」
と口調はクールだった。
井端が右足首痛、藤井が左太もも裏痛でこの日に登録抹消。
万全のチーム状態ではないだけに、引き離されなければ御の字というわけだ。
加えて、広島が3勝12敗2分けと苦手にしている巨人戦を7つ残していることにも言及。
「他力だわ。巨人がカープを負かしてくれるだろ。(広島が)2勝5敗ぐらいになってくれんかな」
と虫のいい計算を立てた。


先を見据えて、異例の手段も講じた。
2軍での調整となる井端のため、善村1軍コーチ補佐を専属コーチに任命した。
「井端は(24日からの広島戦を含む)最後の10試合をフルに戦ってくれればいい」
72歳の老将は、逆転3位の機が熟すのを待つ。




中4日で登板させる酷使をさせようとしているのに、9月下旬のナゴヤドームでの広島三連戦が真の決戦だと言ってみたり、何のことやらわかりません。

こういう何がしたいのか訳のわからない発言は、中4日で投げさせられる大野投手のモチベーションを下げるだけだし、そもそも中4日で投げさせられる大野投手に非常に失礼です。

高木守道の言うところの“真の決戦(笑)”が9月下旬の3連戦なのに、なぜ9月上旬の広島3連戦に大野投手は中4日で酷使されなければならないのでしょうか?




そんな不吉なニュースが配信される中での、マツダスタジアムでの(CS出場権をかけた)天王山決戦の第一戦です(笑)

落合竜のときはいつも優勝争いの天王山決戦をやっているこの時期に、高木守道風高木中日なりの低レベル天王山決戦です(笑)


そんな投手の酷使にさらに拍車がかかるのを哀れに思ったドラゴンズの神様が、高木守道の選手の酷使をやめさせるために雨を降らせてくれたのか、今日は雨で中止です。

これで雨でスライド登板(というか正常なローテに戻るだけの話ですが)になります。

高木守道の、迷走したアホな思いつきが実行に移されずに済んで良かったです。



そして中止が決まると、


高木監督 中止でホッとした?「3連敗しないですんだ」

http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/09/03/kiji/K20130903006544570.html

中日の高木監督は広島戦が雨で中止と決まると
「3連敗しないですんだ」
と冗談を言って周囲を笑わせた。

ヤクルトと巨人相手に戦った先週は6試合でのべ33人の投手をつぎ込む総力戦を演じた。
今中投手コーチは
「恵みの雨。先週はリリーフがフル稼働したから」
と、むしろ中止を喜んでいた。




中止が決まったら決まったで、さらにアホなことを言う高木守道と、中継ぎ酷使を充分に自覚している今中のコメントでした。









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テーマ : 中日ドラゴンズ
ジャンル : スポーツ

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中日ドラゴンズ、地獄の長月ロード(今日は小休止)

この落合名監督の記事と糞将軍、高木守道の今日の記事と比べても、その差は歴然としている。

落合名監督の記事を読んだ感想

・常に選手を気遣い、優勝の為に何をすべきかを考えている。

・常に先を見据えた戦いをし、豊富な練習量と質で常に競争と緊張感を持たせる。

しかし、高木守道の今日の記事を読んだ感想は・・・

・自己中心的な発言ばかりで、選手批判に尽きず、他チームまでを見下す{今日の広島がGに負ける発言等(あくまで私個人としての見方)}

・大事な試合は今後も続くにも関わらず、奴はまたしても大野を中4日で先発酷使する大暴挙←無くなったから良いが今日やってたら・・・((((;゜Д゜)))

・神頼み

どうでしょう、この雲泥の差は・・・恥ずかしいにも程がある。最早、この腐った将軍を支持する者などいないはずである。

その高木守道の大暴挙に神様も天罰を与えたのだろう、今日は雨で中止。これは、中日にとっては少しプラスである。ただでさえ、高木守道によって酷使継投されている中継ぎと中4日で先発酷使させられそうだった大野を休ませたのだから、神様に感謝すべしである。

とはいえ、高木守道は「広島は苦手Gとの対戦が多い(対G戦残り7試合)から、2勝5敗になれば良い(笑)」とか「3連敗せずに良かった(笑)」とか明らかに見下す発言をしている。仮にそうなったとしても中日がその間に大きく負け越せば同じ事である。

「先を見据えず、ただ対戦するチームを見下し、集中する事しかない監督など最早、言語道断である(`□´)!!」

しかし、広島がGとの対戦を残しているが、中日も苦手の最下位ヤクとはこの週しかなく、同じく苦手の5位デナベイとの試合が7試合も残している。こうなると、落合名監督が2011年に「(当時最下位の)ベイスを意識したチームから転ける」と言ったが・・・この広島以上に実はヤク3連戦とデナベイとの7試合が運命を決めるのではと思ったりもする。

とはいえ、仕切り直しで明日は前田健太がスライドで登板。その次は恐らく大竹だろう。中日はタイでは駄目。連勝(若しくは1勝1分)しかないのである。とにかく明日だ。

長文失礼しました。それでも高木守道の浮かれ発言が敗戦臭を漂わせるとなると・・・不安や!!

眠れない高木

高木が夜寝られないのは、試合中寝ているからと、韓国ドラマを見すぎているせいでしょう。

どうしようもない馬鹿ですね。

韓国女優に溺れている暇があるなら、どうすれば勝てるか、投手を酷使せずに済むか、落合時代のビデオを見て学べといいたいですね。

落合は選手を見てました。少しでも異変があれば手をうちました。審判の体調不良に気づくくらいですからね。

高木は試合の途中で起き出し、当然試合の流れを知らないまま、今中に無理難題を押し付けているのでしょう。中継ぎを牛馬にしか見えていないのです。

今中は権藤ほど真っ向から逆らえていないのでしょう。酷使による肩の故障を誰より知っているはずです。もっとも高木が人の意見なんか聞かないんでしょうけど。

どうせなら、カメラが映らない位置で今中と井上らの後ろで試合終了まで寝てろといいたいです。寝ている姿を映されると恥ですからね。

ああ、今しばらく、このクズ監督を見なきゃいけんのか。

今シーズンは

ノリさんの落合監督と話したいから四球を敢えて選んだのは凄い。

川崎さんと二宮さんの対談って牛丼屋ですよね(笑)

自分はまともなドラゴンズファンだと自負していますが、今シーズンに限ってはCS進出しなくても良いかなと思ってます。
そりゃ、CSに出てほしいですよ。
日本シリーズに出て優勝してほしい。

でも、ガッツ坂井による高木竜最終年ですから、最悪の結末でも良いと思います。
余計に坂井の言い訳が出来なくなるはずだし、オレ竜をぶっ壊した張本人を駆除出来る理由になります。
ますますオレ竜の素晴らしさが際立ちますから。

変な気持ちですが、今シーズンはCSに行かずにとっとと選手達には休養してほしい。
しっかり休んで自主トレで6勤1休で頑張ってほしい。
新監督(オレ竜希望)の下で存分に力を発揮してほしい。
山崎に気を使わずに伸び伸びと野球をしてほしい。
優勝できる戦力ですから。

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