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「来るんだろ?」と言われやって来た小笠原道大選手と落合GMの熱い師弟関係の絆の件













ドラゴンズへの移籍を決めた小笠原選手、研ぎ澄まされた打撃感覚を取り戻すため、どうしても落合GMが必要だったのです。


ドラ番記者 2月25日

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/draban/20140225/index.html

巨人から加入した小笠原にFA宣言した理由を尋ねたことがある。

「移るというのはすごい労力。でも自分をもう一度、見つめ直せると思う。一から自分を見つめ直せば、シンプルな(打撃の)感覚になると思う」

巨人でバットを置く選択肢もあったが、研ぎ澄まされた打撃感覚を取り戻すため、移籍を決めたという。
記者が巨人担当だった6年前はラミレスと並ぶ主軸として打線を引っ張り、見事に優勝した。
ぜひ思惑どおり、新天地で復活を果たしてほしいものだ。

私事ながらドラ番を離れ、岐阜県高山市に異動する。
小笠原と同様、新しい環境で成長できることを願う。
5年2カ月もの間、ありがとうございました。
(清水裕介)





研ぎ澄まされた打撃感覚を取り戻すため、移籍を決めたという小笠原道大選手。

研ぎ澄まされた打撃感覚を取り戻す、というのは、どういうことなのでしょうか?


研ぎ澄まされた打撃感覚を取り戻すため、移籍を決めたという理由は、それは打撃師匠の落合GMの打撃指導、それしかありません。


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小笠原道大選手の研ぎ澄まされた打撃感覚を取り戻すには、落合GMの打撃指導を仰ぐ以外に、小笠原道大選手には他に取るべき道が全く無かったという事なのです。


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読売球団に居続けたのでは、小笠原道大選手は研ぎ澄まされた打撃感覚を取り戻すことができない、そう判断し、小笠原道大選手はFA宣言し、小笠原道大選手はは読売球団を脱出しました。


そして今、小笠原道大選手は打撃技術指導の大師匠である落合博満GMから、珠玉の打撃指導を受け、復活しつつあります。

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その小笠原道大選手が、名古屋地方のローカル放送、「Spoken!」 において、ドラゴンズへの移籍の裏話について語っていました。



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FA宣言し、落合GMから電話がかかってきて、

「来るんだろ?」

と言われたと、小笠原選手自身が語っていました。


いきなり電話で、来るんだろ?と言うし、それを言われる関係(笑)

よほど深い師弟関係がなかったら、この会話はあり得ません。

落合GMと小笠原選手の、深い師弟関係が感じられるエピソードだと思いました。



その小笠原選手、現在OP戦で本塁打を2本放っている(練習試合も含めると3本)のですが、これは現在ドラゴンズの選手の中で本塁打を2本以上記録しているのは小笠原選手だけです。
   ↓

http://bis.npb.or.jp/2014/stats/idb1op_d.html



最初は小笠原選手は代打の切り札として期待していましたが、これはもはや超戦力の領域に達しているのではないでしょうか。




小笠原 代打一振り開幕1軍弾!谷繁監督うならせた

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140317-00000025-spnannex-base

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オープン戦<日・中>9回、右越えソロを放った小笠原(右)を迎える谷繁兼任監督

◇オープン戦 中日2―0日本ハム(2014年3月16日 札幌D)

一振りに全てを込めた。
中日・小笠原は変化球、直球と2球じっくり見極め、2ボールから真ん中近くに入った142キロ直球をフルスイングした。
鋭い弾道で右翼フェンスの向こうへ消えた。

「ヤマは張っていないけど、その中で捉えることはできた」

9回に代打で登場。この日、唯一のスイングで実力を示し

「内容と結果が伴った1打席」

と納得の表情を見せた。
札幌ドームでは日本ハム時代の06年9月16日ロッテ戦以来、2738日ぶりの本塁打。
07年から7年間在籍した巨人時代には打てなかった。
古巣のファンからも拍手と声援を浴び

「非常にありがたいし、元気な姿を見せられたのは良かった」

としみじみ語った。
97年にプロ入りした日本ハムで、同年に巨人から移籍した落合博満GMと師弟関係を結んだ。
キャッチボール相手も務めた。
ここ数年、巨人では出場機会が激減。
その師から

「戦力として必要だ」

と言われ、40歳は新天地に移った。
沖縄キャンプ中には何度も指導を受けた。
落合GMが自ら実践したティー打撃を食い入るように見つめた。
小牧でのオープン戦に参加しなかった6日。
小笠原はナゴヤ球場に居残って打ち込み、偶然球場を訪れた落合GMと打撃談議した。

「あれはあいさつです」

とはぐらかしたが、最も頼れる存在。
師への感謝を込めたオープン戦2本塁打は巨人時代の10年以来4年ぶりで、復活を印象づけた。
谷繁兼任監督も

「ああいう集中力はさすが」

とうなった。
2年ぶりの開幕1軍どころか開幕スタメンにも言及し

「もちろんあります」

と言い切った。
思い出の地で見せたフルスイング。

「全てに対して準備はしている。一打席、一球に集中していきたい」

口ひげをはやし、精かんさを見せたほうがガッツらしい。






ドラゴンズの打線は、昨年とは比べ物にならないくらい、厚みを増しました。

投手陣も、いつの間にか数が揃っています。

開幕を前にして、ドラゴンズの戦う体制が整ってきました。

金にモノをいわせて戦力補強したわけでもないのに、むしろ昨年よりも年俸総額はかなり激減しているのに、この充実っぷりです。

これぞ谷繁竜、これぞ頼もしすぎる落合竜の再現です。

ドラゴンズファンはこれを待っていました。

ナゴヤドームには応援団がいなくて静かにさせるという球団職員の大失態で足をひっぱられていますが、それでもナゴヤドームに行くのが楽しみでしょうがないです。

このワクワク感、頼もしさ、シーズントータルで野球を楽しめそうな予感、この落合竜野球の復活をずーーっと待っていました。

改めて白井元帥に感謝です。








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テーマ : 中日ドラゴンズ
ジャンル : スポーツ

小笠原選手は和田選手くらいの活躍をしてくれるんじゃないかと期待してしまう件 その2

















http://youtu.be/gew-00yYwO8



移籍1号!40歳の中日・ガッツ、フルスイングで弾丸ライナー

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140303-00000025-sanspo-base

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二回、移籍後1号を放った小笠原

(オープン戦、中日3-5DeNA、2日、ナゴヤドーム)中日・小笠原道大内野手(40)が2日、DeNAとのオープン戦(ナゴヤドーム)に「7番・DH」で先発。
右翼席に弾丸ライナーで飛び込むオープン戦1号を放ち、復活を印象づけた。
二回の先頭打者で小笠原が打席に入る。
モスコーソのチェンジアップにも体勢は崩れない。
ためを作って低い姿勢のまま、フルスイング。打球は弾丸ライナーで右翼席に飛び込んだ。
飛距離120メートル。
卓越した技術とパワーを名古屋のファンに見せつけた。

「感触は悪くはなかった。(本塁打は)久しく打ってなかったのでよかった」

価値あるオープン戦第1号にも、ニコリともせず、ダイヤモンドを一周。
サムライの風格が漂っていた。
巨人に所属していた昨季の春季キャンプでは、フリー打撃で左人さし指を負傷。
開幕は2軍で迎えることになった。
不遇をかこった昨シーズンと比較し

「十分です。高望みはしません」

と本音を吐き出した。
充実感がにじみ出ていた。
一塁を森野、ゴメスと争う。
谷繁監督は小笠原について

「調整の段階で結果が出たということは、よかったんじゃないですか?」

と評価した。

「これからは大きなけがをせず、体調を整えていきたい」

と手応えを口にした小笠原。
2年ぶりの開幕スタメンへ視界は良好だ。




ガッツ名刺代わり弾だ!ナゴヤ1号「悪い気はしない」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140303-00000051-spnannex-base

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<中・横>2回・小笠原は右越えソロ本塁打

◇オープン戦 中日3―5DeNA(2014年3月2日 ナゴヤドーム)

本拠地で名刺代わりの一発を披露した。
巨人から移籍した中日の小笠原が本塁打を放った。
中日のユニホームを着て初めてナゴヤドームのダイヤモンドを1周し

「オープン戦とはいえ悪い気はしないね。ファンに見せられたのは良かった」

と表情を緩めた。
2回の第1打席、2球で追い込まれたがベテランは動じない。
5球目。DeNA・モスコーソが投じた高めに浮いた外角寄りのスライダーを逃さず強振すると、乾いた音を残して打球は右翼スタンドへ飛び込んだ。
昨季はわずか1本塁打。
しかし、今春キャンプでは21日のシート打撃で岩瀬から移籍1号。
そしてオープン戦1号と結果を出し続けている。
それでも

「まだまだ悪いところはある。しっかりすり合わせないと」

と満足することはない。
見据える先は開幕。

「これからが大事。できることは決まっている。一つ一つ消化していければいい」

と言葉に力を込めた。




【中日】ガッツ“竜1号”270日ぶり快音に「悪い気しない」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140302-00000216-sph-base

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2回無死、小笠原は右越えソロ本塁打を放った

◆オープン戦 中日3―5DeNA(2日・ナゴヤドーム)

獣のような視線で白球を見つめ、鋭く振り抜いた。
2回先頭。
2ストライクからの3球目。
小笠原がモスコーソの外角変化球を強振すると、打球は竜党で埋まる右翼席中段に着弾した。
オープン戦4試合目で移籍初アーチ。
中日のユニホームを着て初めてダイヤモンドを1周。

「オープン戦とはいえ悪い気はしない。ファンに見せられたのは良かった」

尾張の歓声に表情を緩めた。
巨人時代の昨年6月5日、日本ハム戦(東京D)で延長11回にサヨナラ3ランを放ち、お立ち台で「思い出しました」と叫んで以来、270日ぶりとなる対外試合での一発。
この日はDHとして出場したが、一塁の定位置は森野、ゴメスと争う激戦区だ。
谷繁監督は
「みんなにチャンスがある」
としながらも
「調整の段階で結果が出たのは良かった」
と、40歳の順調な仕上がりに目を細めた。
キャンプイン前日。
裏方全員に缶ビールを1ケースずつ振る舞った。
気配りを見せ、チームの輪に溶け込んだ。そんなガッツに1歳上の41歳・和田が練習ではキャッチボールの相手を務め、ナゴヤDのロッカーも隣にした。
公私でのアドバイスも惜しまず
「年の近いヤツが集まるんじゃないの」
(和田)
と、さりげない心遣いで支えている。
キャンプ地の沖縄では
「(まだらに)日焼けしたらイヤだから」
と、そっていたヒゲを再び蓄え始めたガッツ。
「できることは限られている。ひとつひとつ消化していきたい」
新天地での復活へ、ピッチを上げていく。




小笠原、竜党にあいさつ代わりの初弾「ファンから認められるように」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140303-00000011-dal-base

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2回、本塁打を放ち長嶋コーチに迎えられる小笠原

「オープン戦、中日3-5DeNA」(2日、ナゴド)

体全体を使ったこん身のフルスイングがさく裂した。
先頭で迎えた二回の初打席。
中日・小笠原はカウント2‐2から、モスコーソのスライダーを捉えた。

「悪くなかった。打球が飛ぶ飛ばないではなく、良い感触で打てた」

描かれた放物線は、巨人時代に幾度となく泣かせてきた竜党で埋まる右翼席へ。
あいさつ代わりの一撃に、球場全体が揺れた。
大歓声をバックに淡々とダイヤモンドを一周。

「ファンの方々に良いところを見せられたのはよかった」

オープン戦本拠地初戦となった1日に続いて「7番・DH」で先発出場。
打席に立つたびに大きな声援に包まれた。

「ドラゴンズファンから認められるように頑張りたい」

とさらなる活躍を誓う。





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完璧な始動のタイミング、きっちりと作られた壁、決して力任せのフルスイングなどではなく、しかし遅れて素早く出てくるバット、強い柔らかいリスト、バットにボールを乗せる技術、打球に回転をかける技術、どれも完璧なのではないでしょうか。

ヘッドスピードに頼ったホームランではない、というところに、小笠原選手のすごみを感じました。

小笠原選手のヘッドスピードに頼らないホームランの打撃フォームから、若干の前田智徳臭を感じます。




それにしても、この選手は本当に3年間も読売でエラい目にあわされてきた選手なのでしょうか?

全く信じがたい、すばらしいホームランです。

全盛期よりも打撃技術が向上しているようにも見えます。

力任せの魂のフルスイング、というよりは、考え抜かれた技術に基づいたホームラン、という感じがします。


ドラゴンズはとてつもない選手を獲得したのではないでしょうか?

ドラゴンズはとてつもない補強に成功したのではないでしょうか?

左打者の和田さんが、もう一人増えたのではないか、と思ってしまいました。

落合GMがいなかったら、小笠原選手はドラゴンズには来ませんでしたので、これはまさに落合GMの人望と人徳のおかげによる補強といえるでしょう。


これで、ヒザボロのルナがいつ離脱しても大丈夫・・・っていうか、ルナと森野選手のレギュラーが危うくなってきそうな感じすらする、ものすごいホームランでした。


・・かえすがえすも、本当にこの人、読売で3年間も2軍でひどい目にあわされてきた選手なんですか?と思います。




小笠原選手って、スイング後半に左膝が地面につきそうになるのは何でなんだろう?と思っていたのですが、壁を作った後バットで球を押し込むような意識で体重移動を上手く活かしたい、という打撃意識があるからなのかなと思いました。


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ホークスの松中選手や小久保選手、読売の阿部選手が、詰まった球を押し込む意識の方が球は飛ぶし、ホームランになりやすい、と昔のスポーツ番組、「ナンだ?」で証言していたような記憶がありますが、そんな感じなのかもしれませんね。








小笠原選手は、読売で天国と地獄を味わい尽くし、とくに後半3年間はエラい目にあわされ、地獄をみてきました。

その間にも不断の努力を欠かさず、現在の境地にたどりついたのかもしれません。

年齢的に、昔のようなフルスイング打法はもう無理なので、別の視点で進化を遂げてきたのではないでしょうか?

そしてそこに落合打撃技術指導が加味され、北谷で最終的に仕上げた結果、小笠原選手の新打撃技術は完成したのかもしれません。


オープン戦の小笠原選手の第1号を見て、そんなことを感じました。









中日・小笠原道大が振り返る「天国と地獄」の巨人時代

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140302-00000006-nkgendai-base

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中日に移籍

巨人からFA宣言し、自身3球団目となる中日に移籍。
07年から4年連続で打率3割、30本塁打を達成した巨人ではしかし、11年からの3年間はドン底を経験した。
昨季はわずか22試合出場で、打率.250、1本塁打、8打点に終わった。

連日、特打で神経を研ぎ澄まして振り込む。
21日のシート打撃では岩瀬から本塁打を放ち、23日のオープン戦でも安打を放った。
かつての姿を取り戻すべく汗をかく小笠原に、巨人時代のことを中心に話を聞いた。


■打てない、使われないで辛酸をなめたが

――巨人からFA宣言し、中日に移籍した最大の理由は何だったのですか?

「入団会見で言ったことが全てですね。
もう一度自分を見つめ直す上で、慣れた環境でやるか、厳しい道にあえて行くかを考えて。
選手としてプレーするのはもちろん大事だけど、環境を変えて、視野を広げられたらと。
野球もそうだし、もっと多くの人たちと接したり。
まあ、もうあの時のことはうろ覚えになってますけどね(笑い)」

――巨人の最初の4年間は大活躍で「巨人の救世主」といわれた。それに比べると、ここ3年間は最悪だったのではないですか?

「プレーヤーとすれば、一軍でプレーできていないのは最悪だと思うでしょう。
でも、自分にとっては最高の3年間だった。
自分じゃなきゃ、あの3年は経験できないわけですから。
それが今後に生きるわけだし、それを知らないでやめていく選手はたくさんいるわけです。
すごい貴重な、最高の経験だったと思っています」

――統一球が11年から導入され、それとともに成績が落ちた。「統一球に対応できていない」などという声もありました。どう受け止めていた?

「それはね、否定も肯定もしない。
現実を見れば、少なからずその影響もあったと思うし、一概にそればかりでもない。
いろんなことが重なった結果でそうなって、逆に今があるということなので。
そういう意味では、そういうことがあったから先が見えてくるし、自分の幅が広がったと思う。
真摯に受け止めて、少しでも成長できたらと思っています」

――昨季6月、代打で2年ぶりに本塁打を打った。何か打撃で掴んだものはありましたか?

「あれねぇ……(笑い)。
自分が取り組んできたことがあって、結果も必要な部分があるから、そういう意味ではプラスですけど、思うようにいかない部分もあるわけで。
一軍でプレーしたいのはあったけれど、やりたいことは進んでいるというのはありましたので、そういう意味では、下を向くことはなかったですね」

――常に前を向いていたと。

「平常というか、普通でした。
みんなが思っているほどはね。
一日一日が充実しているというか、目的意識を持ってやっているので。
一進一退もあるけれど、繰り返す中で少しずつ進んでいけたらと。
まあ、試合ができたらよかったんだけど、なかなかうまくいかない部分があるので。
そこは仕方ないと、割り切ってやっていましたから」

■「もうダメなんじゃないか」という声には…

――最後の3年間はチャンスが少なかった。「何で小笠原を使わないの?」という声もあった。

「それはね、打てないから仕方がない(笑い)。
周りがいろいろと言うことがあっても、自分の責任として、しっかり受け止めていました。
自分の中で違った形の感情が出てくるんであれば、違った方向に行ってしまうかもしれない。
でも、そういうことはまず、なかった。
だから平常という。
まあ、いろんなことを考える3年間だった。
財産ですね。みんながわかんないことを経験できたわけですから」

――正直、何でここまで成績が変わるのかと、不思議でした。

「そうなるから、面白いんですよ(笑い)」

――中日に移籍して、周りには「まだできる」という声、一方で「もうダメなんじゃないか」という声もある。

「これはね、やってみないとわからない。
今、北谷の地でキャンプをやっているので、しっかり鍛えて少しでも力になれるようにしたい。
1年間プレーして、谷繁監督を胴上げする輪の中にいたいですね。
それができれば自分もうれしいし、みんなが喜んでくれると思っています」






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中日・小笠原道大が新天地でも続けている“儀式”

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140303-00010002-fullcount-base

大きな自信となる一発を放った小笠原

FA移籍で中日に入団した小笠原道大内野手が2日の横浜DeNAのオープン戦で、モスコーソ投手から広いナゴヤドームの右翼席にホームランを放った。
チェンジアップに食らいつき、フルスイング。
「感触は悪くなかったですね」
オープン戦といえども、昨シーズン1本しか本塁打のなかったベテランにとっては大きな自信になる一発となった。

そんなガッツは、新天地でも受け入れられているようだ。
クールな侍のイメージが強いが、中日関係者は
「練習中はもの静かだが、話しているときはとても明るい方です」
と話す。
視野が広く、気配りができると評判はいい。

昨年まで在籍していた巨人でもやっていたそうだが、小笠原はキャンプイン前日、大量のビールを箱で買い込んでくるという。
自分で飲むわけではない。
これからお世話になる打撃投手や、練習のサポートをしてもらうブルペン捕手、マネージャーらの部屋を1つ1つまわって、ビールを1ケース届ける。
「これからよろしくお願いします」
と。
お酒を飲まない人のことも考え、ソフトドリンクなども用意しているという。
キャンプ中は、その裏方を食事に招待することも忘れない。
一緒に戦っていこうという気持ちの表れなのだろう。
今季、再スタートを切る40歳は新天地にどのような影響をもたらすのか。
チームとともに復活していく姿を期待したい。




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ようこそ小笠原選手。

落合GMを慕って、よくドラゴンズに来てくれました、感謝します。

落合GMとともに更に打撃技術を高レベルに仕上げ、野球を見る目のない読売の連中をギャフンと言わせる大活躍を期待しています。







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小笠原選手は和田選手くらいの活躍をしてくれるんじゃないかと期待してしまう件



















【ソチ五輪】真央、完璧フリーで号泣6位!亡き母へラストダンス/フィギュア

http://sochi.headlines.yahoo.co.jp/sochi/hl?a=20140221-00000507-sanspo-spo

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フリーではすべてのジャンプを着氷。
浅田真央の瞳からは涙があふれた

ソチ冬季五輪フィギュアスケート女子フリー(20日、アイスバーグ・スケーティング・パレス)フィギュアスケート女子のフリーが行われ、19日のショートプログラム(SP)で16位と出遅れた前回バンクーバー五輪銀メダルの浅田真央(23)=中京大=はフリー3位となる自己ベストの142・71点をマーク。
合計198・22点で6位入賞した。
冒頭のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を今季初めて成功。
全6種類、計8度の3回転ジャンプをすべて決めることはできなかったものの、亡き母・匡子(きょうこ)さん(享年48)へラストダンスを届けた。

涙で視界がかすんだ。
ラフマニノフ作曲の『ピアノ協奏曲第2番』を演じきり、堂々と胸をそらした。
迫真の247秒、自然と熱いものがこみあげた。
目を真っ赤に腫らした銀盤のヒロインに、無数の花束がスタンドから投げ込まれる。
最後は天真爛漫な“真央スマイル”が広がった。

「きのう悔しい思いをして、心配してくれた人がたくさんいた。最高の演技をして、恩返しすることができた」

冒頭のトリプルアクセルはきれいに着氷。
投入回数を1回に減らした戦略が当たった。
続く2連続3回転ジャンプは、後半のループが回転不足。
ダブルアクセル-3回転トーループのコンビネーションはトーループが回り切らず。
五輪で女子初の全6種類の3回転ジャンプ成功-の目標にはあと一歩届かなかったが、142・71点はフリーでの自己ベスト。
ソトニコワ(ロシア)と金妍児(韓国)には及ばなかったが、SP16位からごぼう抜きした。

19日のSPでは3つのジャンプをことごとく失敗した。
55・51点は2005年11月にシニアの国際大会に初出場して以降、4番目に低い得点。
SPの順位が2桁になったのも初めてだったが、一夜で“劇的”な復活を遂げた。

バンクーバー五輪後の2010年9月から佐藤信夫コーチ(72)に師事。
その仲を取り持ってくれたのが、11年12月9日に肝硬変で亡くなった最愛の母・匡子(きょうこ)さん(享年48)だった。
名古屋から佐藤コーチの活動拠点がある新横浜まで足を運び、娘の指導を懇願。
当初は受け入れに難色を示した本命を口説き落とした。

名伯楽も必死だった。
午前中の公式練習では前夜のショックを引きずったように、真央は精彩を欠いた。
ここで“逸話”を持ち出した。
かつての教え子が試合直前で高熱を出しながら、最高の演技をしたことを。
半世紀以上、スケートを生業にしてきた恩師の言葉が胸に響いた。
「何かあったら『先生が助けにいくから』と言ってくれた」
リンクを降りた瞬間、その胸に飛び込んだ。

母の死去後、2012年春の世界選手権(ニース)で6位に沈み、2週間ほど氷上から離れた。
約1カ月後、姉・舞さん(25)とカナダ・トロントへ向かい、振付師のローリー・ニコル氏の元でプログラム作りに励んだ。
山と湖に囲まれた大自然に癒やされ、再起することを誓った。

「いまは悔しさとやりきった気持ちがある。これから『よかった』と気持ちが、強くなっていくと思う」

天国で見守る母にも胸を張って報告できる。
この4年間、ジャンプのスランプやつらい別れを乗り越え、真摯(しんし)にフィギュアスケートに向き合った日々は、金メダルにも負けない、すがすがしい“輝き”を放った。










【フィギュア】明子、ラスト五輪8位!「うおのめ」激痛耐えた

http://sochi.headlines.yahoo.co.jp/sochi/hl?a=20140221-00000051-sph-spo

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女子フリーで演技する鈴木

◆ソチ冬季五輪第14日
▽フィギュアスケート女子フリー(20日、アイスベルク・パレス)
女子フリーが行われ、バンクーバー五輪銀メダルでSP16位の浅田真央(23)=中京大=は、今季初めて3回転半ジャンプを成功。
6種類すべての3回転ジャンプに挑戦する攻めの姿勢を貫き、142・71点の自己ベストをマーク、合計198・22点で、6位に入った。
SP8位の鈴木明子(28)=邦和スポーツランド=は8位。
SP15位の村上佳菜子(19)=中京大=は12位。
優勝は合計224・59点でアデリナ・ソトニコワ(17)がロシア勢初の金メダルを獲得した。

最後は満面の笑みで終えた。
鈴木はフリーで3回転ルッツは壁にぶつかりそうになり、3回転フリップは転倒。
苦しい展開となっても最後まで豊かな表現力で演技を続けた。
125・35点。前回のバンクーバー五輪の8位に続いての入賞に、長久保裕コーチ(67)と握手をかわした。

集大成の大会で、災難が降りかかった。
8位で終えた19日のSP終了後。
リンクから降りると報道陣の前で、大きな瞳から大粒の涙をポロポロとこぼした。
けがを抱える両足の激痛に耐えた演技だったことを明かした。
「ミスはあれど、きょうは絶対最後まで自分のスケートを貫くと決めていた」
と気丈に語り出したが、症状を聞かれると
「小指が痛くて…」
と、涙が止まらなくなった。

万全の状態ではなかった。
左足の痛みを抱えて挑んだ昨年12月の全日本選手権で初優勝し、2度目の五輪切符をつかんだ。
だが、左足をかばいながら練習し年明けに靴ずれの影響で右足の小指が腫れ上がった。
試合前の早朝練習では痛みが限界に達していた。
長久保コーチは
「うおのめがひどい。朝から大泣きしてたよ」
と無念の表情を浮かべた。

痛み止めを飲み、だれにも悟られることなく本番に挑んだ。
情感を込めた切れのあるスピン、ステップでしっかりと見せ場をつくった。
「最後まで気持ちを込めて滑れました。自分のスケートはできたので、受け入れられました」
鈴木らしい笑顔で、記憶に残る演技を貫いた。












佳菜子12位 悔しさ残った初の五輪「リベンジできればいいな」

http://sochi.headlines.yahoo.co.jp/sochi/hl?a=20140220-00000146-spnannex-spo

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フリーの演技をする村上

◇ソチ五輪フィギュアスケート女子フリー(2014年2月20日)
ソチの氷上で佳菜子スマイルが少しだけこぼれた。
SP15位からの巻き返しに挑んだフリー。
演技を終えた村上佳菜子(19=中京大)は、キス&クライで柔らかな表情を浮かべ、115・38点、トータル170・98点で12位という結果を受け止めた。

「自分では全然、望んでいた演技はできなかった。ここで一番いい演技がしたかったので悔いが残る」
悔しさだけを口にした。
冒頭の3回転―3回転を決めるなど実力の一端は見せたものの、納得はできなかった。

前日(19日)に行われたSP。
初めて体験する五輪独特の雰囲気にのまれた。
得点は自己ベストに11・04点も及ばない55・60点。
「五輪という試合の圧迫があって、圧倒された。気持ちが負けてしまった」
と唇をかんだ。

精神的に落ち込み、フリー当日の朝まで引きずっていたという。
だが、必死に前を向いた。
「最後なので思い切りやろうと切り替えました」

初めての五輪舞台。
「自分が感じないプレッシャーを、オリンピックは感じるんだなと思った」
今後につながる貴重な経験をした村上は
「リベンジできればいいなと思います」
と、言葉に力を込めた。






日本メダル8、歴代2位…アルベールビル上回る

http://sochi.headlines.yahoo.co.jp/sochi/hl?a=20140221-00000200-yom-spo

ソチ五輪は20日、フリースタイルスキーの女子ハーフパイプで小野塚彩那(石打丸山ク)が銅メダルを獲得したことで、日本勢のメダル数は計8個(金1、銀4、銅3)となり、1992年アルベールビル大会を上回って、冬季五輪で歴代2位になった。

歴代最多は98年長野大会の10個(金5、銀1、銅4)。

大会は23日まで。









プルシェンコがクワンが!真央のフリー演技を世界の名スケーターたちが賞賛

http://sochi.headlines.yahoo.co.jp/sochi/hl?a=20140221-00000005-tospoweb-spo

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前夜のミスを乗り越えての演技に世界中のスケーターから賞賛が寄せられた

真央の“最高の演技”に世界のスケーターたちが感動した!
ソチ五輪フィギュアスケートの女子シングルでショートプログラム(SP)16位からフリーで6位に巻き返した浅田真央(23)にプルシェンコら有名スケーターたちからツイッターで賞賛の声が寄せられた。

前夜のSPではミスが重なり16位となった浅田。
そんな彼女に対しツイッターでは世界中のファンがハッシュタグ
「#GoMao」
「MaoFight!」
をつけ応援。
さらに長野五輪男子シングル銀メダリストのエルビス・ストイコや長野五輪女子シングル銀メダリストのミシェル・クワンら海外の有名スケーターたちもエールを送られた。

そんな応援に応えるように一夜明けたフリー。
浅田は冒頭のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を成功させると計8度の3回転ジャンプをすべて決める完璧な演技。
今季自己ベストの142・71点をマークし、集大成となる五輪を締めくくった。

大きすぎるSPのショックからの劇的な″復活”に対し、世界の名スケーターたちからは惜しみない賞賛がツイッター上で寄せられた。

“皇帝”エフゲニー・プルシェンコは
「真央は素晴らしかった。トリプルアクセルは特に良かったよ。君は真の戦士だ」
と前夜のミスを引きずらずトリプルアクセルを成功させた浅田を賞賛。
また前夜のショートプログラムの際
「ミスは残念だけど、このプログラムは大好き」
と応援したバンクーバー五輪銅メダリストのジョアニー・ロシェット選手も
「真央!なんてスケート!なんてファイターなの!」
とミスをはねのけたハートの強さをたたえた。

演技後には感極まり涙を流した浅田。
前夜のミスからの復活にこれまでのスケーティング人生の集大成。
氷上では点数に表れない思いが伝わった。

クワンは
「真央の姿に涙した。一生忘れない演技だった」
と感動のコメント。
トリノ五輪男子フィギュア銅メダリストで、金メダリスト羽生結弦の振り付けを担当したジェフリー・バトルは
「僕の目から涙がこぼれた。ありがとう真央。華麗だったよ」
と感動をつづる。

10代のころから浅田と切磋琢磨してきた安藤美姫も
「真央を誇りに思います。今夜の浅田真央こそが本当の彼女。ソチで彼女は自身のベストの演技をしました! ありがとう」
とツイート。
誰しもがその演技に胸を打たれた。

フリー終了後、世界中から寄せられたエールについて
「昨日はすごく悔しい思いをして、心配してくださった方もたくさんいると思うんですけど、今日こうして自分の中で最高の演技をできたので、恩返しができたと思います」
と語った浅田。
その思いが世界中に届いたことは間違いない。







真央に称賛続々 しょこたん「素晴らしいミラクル」保田圭「朝から号泣」

http://sochi.headlines.yahoo.co.jp/sochi/hl?a=20140221-00000083-spnannex-ent

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フリーで華麗な演技を披露する浅田

ソチ五輪フィギュアスケートの女子シングルでSP16位からフリーで6位に巻き返した浅田真央(23)に著名人から称賛の声が相次いだ。

21日未明から断続的にブログ、ツイッターが更新され、タレントの中川翔子(28)は
「浅田真央選手!たとえようのない重圧を打ち破り最高の演技を!みせてくれました、日本の誇り!魂が震えるこの感覚!日本中が泣いた!一体いくつの試練が押し寄せてきただろう、あの状況から自己ベストを更新!素晴らしいミラクル!涙の種から笑顔の花を咲かせてくれましたね!」
と歓喜を表した。

歌舞伎俳優の市川海老蔵(36)も実況を見て
「よかったね 本当良かったね 感動しました!!!!!!」
とシンプルに伝え、タレントの保田圭(33)は
「浅田真央ちゃんの演技をニュースで見てきたのだけどすごかったですね 演技ももちろんですが…滑り終わった後のあの表情にやられてしまい朝から号泣でした」
と歓喜の涙を流したことを明かした。

また、俳優の中尾明慶(25)は
「本当に素晴らしかった。失敗しても負けずに取り組む姿勢。見習わないと」
とし、
「オリンピック見て文句言ってる人をみると許せないね。何年も何年もかけて休まず日本にメダルを持って帰ろうとしてくれた人に言う言葉じゃないね」
と20日の森元首相の発言を念頭に苦言も呈し、タレントのクリス松村(年齢非公表)は
「個人的には、金メダルを差し上げたいです。最初のトリプルアクセルを決められた時、それだけで嬉しかったです」
とつづり、
「記録にも記憶にも、浅田真央選手のことは、永遠に残るでしょう」
と称えていた。









最高の演技、真央「うれし泣きと笑顔」 鈴木、村上 フィギュアFS後コメント

http://sochi.sports.yahoo.co.jp/column/detail/201402210002-spnavi

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最高の演技を終え、浅田真央は感極まってうれし涙を流した


ソチ冬季五輪フィギュアスケート女子フリースケーティング(FS)が現地時間20日に行われ、浅田真央は冒頭のトリプルアクセルをきれいに決めると、五輪では女子選手初となる全6種類の3回転ジャンプを成功させた。
FSの得点は自己ベストの142.71点をマークし、ショートプログラム55.51点との合計は198.22点。
16位と出遅れた前日のSPから一気に6位入賞までジャンプアップした。

優勝はSP2位から合計224.59点(SP74.64点、FS149.95点)で逆転したアデリナ・ソトニコワ(ロシア)。
地元ロシアに初の女子フィギュア金メダルをもたらした。
史上3人目の連覇を狙ったキム・ヨナは219.11点(74.92点、144.19点)で銀メダル、27歳ベテランのカロリーナ・コストナー(イタリア)が216.73点(SP74.12点、FS142.61点)で銅メダルだった。

日本の鈴木明子は186.32点
(SP60.97点、FS125.35点)
で8位入賞。
村上佳菜子は170.98点
(55.60点、115.38点)
で12位だった。

以下は浅田、鈴木のコメント。


■浅田真央「とにかく跳ぶという気持ちでした」

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キスアンドクライでは晴れやかな笑顔

――トリプルアクセルがきれいに決まった。どんな気持ちだった?

「よしっ!」と思いました。緊張もあったんですけど、このままいけると思っていました。

――ジャンプにも気持ちが入っていたが

リンクに入ってからはできると思うんだけだったんですけど、それまではいろいろ考えていて、今までも1つ1つクリアにしてやってきたから、今回のプログラムも全部を見るんじゃなくて1つ1つクリアにしてやっていこうと思っていました。

――最初にリンクに入ったとき、すっきりした顔をしていたが、どんな気持ちで演技を開始したのか?

たくさんの方に励ましの言葉をもらったので、最後は覚悟を決めてリンクに立ちました。そういう気持ちでした。

――世界のスケーターが励ましの言葉を出していたが、知っていたか?

知らなかったです。
昨日はすごく悔しい思いをして、心配してくださった方もたくさんいると思うんですけど、今日こうして自分の中での最高の演技をできたので、恩返しができたと思います。

――フリーに臨むにあたって、どういった言葉が励みになったか?

最終的にはやるしかないと。自分を信じて、自信を持って、練習してきたことを信じて、昨日のようになっても、とにかく跳ぶという気持ちでした。

――吹っ切れたのはいつ?

6分間練習ですごく良い状態でできたので、これならいけると思いました。

――それまでは不安が少しあった?

朝の練習は全く体が動かなくて大丈夫かなと。
そういう思いになっていたのが、すごい自分でも大丈夫かなって心配でした。
自分でよく考えたりして、吹っ切れたといえば吹っ切れたのかなと思います。

――朝の練習は少し来るのが遅くなったが、それはリンクに来たくないという思いがあった?

それはなかったですね。
昨日もちょっと寝不足で、起きるのが遅くなってしまい、それでアップも遅くなってしまったんです。
それでアップが遅れてしまい、そこは焦らずに自分のペースで乗ろうと思いました。

――朝の練習が終わってからはどのように過ごしていたのか?

今日の朝は自分の練習が全くできなくて、練習していないようなものだったので、それからトレーニングに行って、体をいつもの練習のように動かして、それからよく寝て、食べてここに来ました。

――どんなもの食べた?

お赤飯です(笑)。

――昨日の悔しさは、これまでの悔しさと比べてどのくらいだったか?

悔しさもあったんですけど、それよりは終わったあとは言葉にならなくて、今まで何やってきたんだろうなと思いました。

――今振り返ってみると、昨日は何が原因だった?

自分の気持ちがもう1つ上に伸び切らなかったかなという感じがします。

――最後のスパイラルに入るときはどんな気持ちで滑っていたか?

最後の最後まで思いを込めて、1つ1つをクリアにしていこうと思ったので、スパイラルのときはまだだと思っていました。

――最後に流した涙はどういうものだったのか?

昨日の悔しさも少しはあったんですけど、こうして自分が目指している演技ができて、今まで支えてくれた皆さんに、メダルという形として残すことはできなかったですけど、あと残されたのは自分の演技だけだと思ったので、自分の中で最高の演技ができたし良かったと思います。

――(佐藤)信夫先生は何と言っていた?

先生の昔の生徒さんも、試合の1日前に熱を出して試合に出られるか出られないか分からない状態で、とりあえず出てみて、もし何かあったら先生が助けに行くからという感じで出た選手が、最高の演技をしたというのを聞いて、自分はそういうわけではないのに、できないのは絶対にないと思ったし、今まで練習してきたことを信じてやれば大丈夫だから、気合いをいれていこうと思いました。
何かあれば先生が助けにいくからと言っていました(笑)。

――失敗に1つ1つ向き合いながらやっていたが、今日の体験はどういうことを教えてくれた?

天と地の差でした。
今までも良かったとき悪かったときはあったので、自分が目指していたのは昨日のような演技ではなく、今日のような演技でした。
でもこれが自分なんだなというのは受け止めています。
今は悔しい気持ちとやり切った気持ちはあると思うんですけど、バンクーバーのときもそういう気持ちで終わって、あとから良かったかなという気持ちが出てきたので、今回も終わってホッとして、それから4年間良かったなと思えると思いますし、その気持ちがどんどん強くなるんじゃないかなと思います。

――終わったあとは涙と笑顔があったが、どんな涙とどんな笑顔だった?

終わったときは
「やった」
という気持ちが強くて、今日はとりあえずたくさんの方から
「笑顔がみたい」
というメールが来たので、終わったときは良かったと思って、すごいうれしかったんですけど、おじぎのときは笑顔になろうと思いました。
自分の中ではうれしかったです。
うれし泣きと笑顔です。

――何かのために滑ろうという気持ちは昨日と今日で違ったのか?

昨日は五輪の怖さをまた感じてしまって、そっちの方が勝ってしまって、4年間やってきたこと、支えてもらった感謝の滑りというのが薄かったなと思いました。
なので今日は感謝の思いを込めて滑ることが自分の恩返しかなと思いました。

――ここから4年というのは想像できるか?

できません。

――整理がついたら考えること?

そうですね。
今回はとにかく悔いなく、バンクーバーのときは悔いが残ったので、今回の最後の2回はバンクーバーが蘇ってきたんですけど、そういった意味ではバンクーバーのリベンジはできたと思うので、今はこのあとのことは考えていないですね。


■鈴木明子「自分は恵まれて幸せなスケーター」

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ベストの演技ではなかったが、「本当にこの場で滑ることができて良かった」と鈴木

――伸びのある滑りだったが、もったいない部分もあった

転んでしまったのはもったいなかったですが、いろいろなジャンプを踏ん張ってあとは立とうという気持ちだけで滑ったので、全部私らしかったなと思います。

――一番うまくいった部分は?

最後までとにかく心で滑ろうと思っていたので、曲を聴いて、今日出ていく前に先生から、
「ここ劇場だからね、5番ボックスあるよ」
と言われていました(笑)。
絶対ここからはファントムが見ているからと言われていました。

――ファントムは長久保先生ということで

そうですね(笑)。
本当に見守られている感じで滑りました。

――終わったときはどんな気持ちだった?

正直ほっとしましたし、悔しい気持ちはありましたけど、ずっと足のことも不安だった中で、今日はリンクに立ったときは痛くなかった。
終わってから痛くなったんですけど、滑る前は、今までは本当に痛くて痛くて靴も履けない状態のときもあったんですけど、今日は痛くない、神様ありがとうと思いました(笑)。
最後まで本当に滑らせてもらったと感じています。

――どういうふうに昨日から気持ちを立て直した?

やるだけのことはやったから、できることしかできないし、ジャンプは水ものと思っているので、できたりできなかったりはあるけれども、それ以外のところ、もともと自分がどんなスケーターかを考えたときに「ジャンパーじゃないな」と思って(笑)。
もともとはスケートが好きで、心から滑って、音楽を聴いてというのを子供のころからやっていた。
そういうのを思い出して、信念を貫こうと思って、最後はすごくお客さんの拍手も歓声もすべて聞こえていましたし、本当にこの場で滑ることができて良かったなと思います。

――2度目の五輪はやはり違った?

バンクーバーのときはがむしゃらにやって終わってみて、「終わっちゃったな」という感じですけど、今回は準備の段階からいろいろとうまくいかなかったりとか、全日本であれだけ良い演技ができて、自分だけ求めるものが高かった気がするし、やっぱり自分でも狙いたいという部分がありました。
ただ、これは幸いなことですけど22年間、足が痛くて試合に臨むということが少なかったので、ここに来て何でと思いましたけど、たくさんのスケーターがけがを抱えて頑張って試合に出ていてというのは、自分もそれを経験して、これが自分の人生に役立つなと思ったし、いろいろな形で伝えていくこともできると思います。
こんなに痛みを我慢して、不安を抱えながらやるというのもこれが最後なのかなと思ったときに、これも含めて五輪だと思ったので、そんなに全員が全員、準備万端で最高の状態で臨めるわけじゃないんだなと。
今は戦い抜くことができて、本当にベストじゃなかったことは悔やまれますけど、よかったなと思います。

――高橋選手も足を負傷している中、渾身の演技をした。それが刺激になった?

長年、彼とはずっと一緒にやってきたので。
昨日も終わったあとに連絡くれて、すごく励まされましたし、とにかく自分のスケートをしてほしいと言ってくれました。
彼も最後まで自分のスケートを貫いて、私もすごく心に訴えるものがあったので、私も絶対に自分自身のスケートをやろうと考えていました。
今日は彼がどんな感想を言ってくれるか分からないんですけど、一緒に乾杯したいですね(笑)。

――幸せだなと思って終わりたいと言っていたが

本当に無事滑り終えたので、自分は恵まれて幸せなスケーターだなと思いました。

――昨日は眠れた?

ちょっと時間が少なかったんですけど、練習のあとに眠りました。

――どんな気持ちで眠った?

SPの前よりは、1つ仕事が終わってホッとした気持ちでした。
もう怖いものはないし、後悔することが怖かったので、まずは人間の生活の基本をしようと思って、きちんと寝て、きちんと食べて、練習をするということを心掛けました。

――先生に言葉を贈るならどういう言葉を贈る?

先生が泣けるようなスケートではなかったですけど、本当に最後の最後まで先生が付いていてくれたのでここまでできたと思います。
「ありがとうございます」と伝えたいです。

――長久保先生は「まだやる」と言われれば付き合うしかないでしょと言っていたが?

相談します(笑)。
辞めてもいいように準備をしてやってきているので、あとは終わってから決めようと思っていました。
今回こうやって終わって、今すぐは分からないですけど、あとはコンディションを見て、今は足をいたわりたいと思います。

――この10年くらいで先生から1番いただいたものは何か?

あきらめない気持ちをもらいました。
ずっと3回転−3回転をやれと言われましたけど、どうしても苦手だったものをなんとかできるようになったので、食らいついて、喧嘩をしたのは自分の中でありがたかったと思います。


■村上佳菜子「五輪はすごく怖い試合」

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ホロ苦い結果に終わった村上、五輪は「見えないプレッシャー」を感じた

――今日の滑りはどうだったか?

覚えているような覚えていないような、すごい焦って滑っていたなと感じます。

――昨日の悔しさは?

今日の朝の練習まで引きずっていて、朝の練習が終わったあとからこの試合まで自分なりに切り替えてきたんですけど、うまくいかなかったという感じです。

――どう切り替えようとした?

昨日から心に詰まったものがあって、それをどうやってやれば取り除けるんだろうと、いろいろな人に軽くケアしてもらって、リラックスしたりとか1回寝たりとかいろいろしました。

――初めての五輪はどう感じた?

もう1回行きたいと思えば行きたいと思いますけど、もう出たくないと思えば出たくないというのがあって、全日本とかだと五輪を懸けたプレッシャーとか自分でも原因が分かるんですけど、見えないプレッシャーを五輪って感じるんだと思いました。

――全日本のプレッシャーとどう違う?

4年に1回しかないプレッシャーなのかなとは思いますけど、自分でも原因が分かっていないので、すごく怖い試合だと思います。

――今日の演技はそこまで大きなミスはなかった

いつもは覚えているんですけど、なんか記憶にないんです。
ダブルアクセルはしっかり跳んだというのは覚えているんですけど、あんまり覚えていないです。
とりあえず体が覚えている振付をやって、ジャンプをしてという感じでした。

――いままでそういう経験は?

なかったです。
だからこそ怖いなという感じです。
ダブルアクセルのところまでは覚えているんですけど、そのあとが焦っていてステップのところとかはできていたのか、ミスしていたのかは分かりません。

――反省点と収穫は?

収穫は4年に1回しかない五輪という誰もが目指している舞台を経験できたことが大きな収穫だと思います。
課題は数えきれないほどあるので、気持ちの持っていき方だとか。

――いつからおかしくなってきたのか?

試合が始まる2日前くらいから「ん?」と思ってきて。日本で練習しているときはすごく調子が良かったので、まさかこうなるとは思っていなかったのでちょっと悔しいです。

――世界選手権がこのあとあるが?

今は挽回してやろうという気持ちでいっぱいです。

――今後は女子を引っ張っていく存在になるが

まだあんまり考えられないというか、今終わったばかりなので、先のことは考えていないです。







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人前で見せないが…浅田真央が笑顔の裏で抱える“重い腰痛”

http://gendai.net/articles/view/sports/148039

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練習では元気な浅田だが…

その事実を知っているのは一部の関係者だけである。
フィギュアスケート女子の公式練習が16日に行われ、浅田真央(23)はトリプルアクセル(3回転半ジャンプ=3A)を3度成功させると、フリーで跳ぶ2連続3回転ジャンプも鮮やかに決めた。

明るい表情で40分間の調整を終えたその姿からは、体のどこかに故障を抱えているとは思えないのだが、実は彼女の腰はかなり悪いというのだ。

浅田はここ数年、腰の痛みに苦しめられてきた。
ソチで行われた2012年12月のグランプリファイナル(GF)は4年ぶり3度目の優勝を果たしたものの、フリーの直前練習で
「腰痛で体に力が入らない」
と佐藤コーチに漏らし、棄権も考えるほどの重症だった。

昨年も11月のNHK杯の後は、腰への負担が大きいスピンの練習はほとんどできず、優勝したGFは痛み止めを飲んで出場。
3Aが一回も成功しなかったのは腰をかばうあまり助走スピードが落ちていたからだ。
年末の全日本選手権も精彩を欠き3位に終わった。

■家では立ち上がれないことも

「真央の腰は重症です。家にいるときは腰が痛くて立ち上がることができず、四つん這いで移動することもあるほどです。疲労蓄積は腰には最悪です。運動後1時間以内に糖質をとったり、ビタミンやクエン酸の摂取も心がけている。今では食事に関する知識は相当なものです。ソチに入ってからはドーピングを気にして痛み止めも飲んでいないはず。それでも人前では絶対に痛いそぶりは見せない。真央スマイルで対応している姿がかえって痛々しい」
(関係者)

浅田は練習が大好き。
長い時間スピンやジャンプの練習をして調子を維持するタイプ。
それができなくなったことが、23歳での現役引退を決断させた最大の理由のようだ。

女子シングルのショートプログラムは19日(日本時間20日未明)。
フリーはその翌日だ。
腰の爆弾にはおとなしくしていて欲しいのだが……。








田真央の平常心を失わせる 韓国メディアの“取材攻勢”

http://gendai.net/articles/view/sports/147999

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希望のメダルに届くか…

団体ショートプログラム(8日)のトリプルアクセルで転倒。
今季自己ワースト64.07点に終わった浅田真央は10日、ソチから550キロ離れたアルメニアの首都エレバンに移動し、スケートリンク場を借り切って
「午前と午後の2時間ずつ2部練習を続けている」
(現地取材記者)
という。

何とか4年前の雪辱を果たしたい浅田だが、どうやら雲行きは怪しい。

「韓国サイドの嫌がらせが凄まじく、浅田も平常心を失ってメダル圏外もある」

とは某現地記者。

「5日深夜にソチ入りした際、空港に集結した100人近い韓国メディアが怒号を飛ばしながら突進。モミクチャ状態の浅田はケガでもしかねない状況だった。アルメニアからソチに戻る時も、韓国メディアは大挙して空港に向かい、浅田にアタックを仕掛けようと手ぐすね引いている。会見では、浅田に<団体ジャンプ失敗のショックは癒えたのか><3回転半はもう跳ばないのか>など、一番気にしている質問をズケズケ聞いてくる。韓国メディアは、基本的に自国選手の熱狂的な応援団。どんなエゲツナイことを仕掛けてくるか、浅田陣営も戦々恐々です」

浅田サイドは予定を2日早めて15日にソチに戻るとアナウンスしているが、一部には

「韓国メディアをかく乱するための方便。16日にソチ入りするというウワサも流れている」
(前出の記者)

大手ブックメーカーの優勝予想オッズでは、浅田人気が急落中である。
英ウイリアム、オーストリアのビーウィンも<キム・ヨナ金メダル><浅田真央銀メダル>と予想していたが、団体ショートプログラム優勝のロシア・リプニツカヤ人気が急伸。
浅田は2人に水をあけられてしまい、3位が定位置となってしまった。
メダル危うし――。

















浅田真央がソチ五輪フリー曲に「ラフマニノフ」を選んだ意味

http://gendai.net/articles/view/sports/148108

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青い衣装が映える

愛知県名古屋市。
フィギュアスケートが盛んなこの地からは浅田真央を含めて8人(延べ12人)の五輪選手が誕生している。

女子の初代表は「天才少女」と呼ばれた伊藤みどり。
88年カルガリー大会5位に終わった伊藤は、89年世界選手権で優勝。
90年同選手権2位。
金メダルが期待されて臨んだ92年アルベールビル大会では日本中の注目を一身に集めた。

ところが、ショートプログラムでは、ジャンプミスから4位と出遅れる。
フリーの演技もトリプルアクセル(3回転半ジャンプ=3A)で転倒。
予定では、この3Aが失敗したら違うジャンプに切り替えるはずだった。

その数分後、コーチの山田満知子は仰天する。
体力が消耗している残り1分、伊藤は再び3Aを跳んで見事着氷。
五輪の女子選手としては史上初めて3Aを成功させ大逆転で銀メダルを獲得した。

この時、真央はわずか1歳半。
後に伝説となる伊藤の偉業を知るはずもない。
それから間もなくして、天才スケーターの活躍により名古屋は空前のスケートブームに沸く。

3歳からバレエを習っていた真央は5歳からリンクに立った。
「足首が鍛えられてバレエが上達する。そう考えて(母親の)匡子さんは真央ちゃんにフィギュアを学ばせたのです」
(浅田家の知人)

当時フィギュアをやっていた子供たちは例外なく、伊藤みどりの「銀メダル演技」をビデオで繰り返し見た。
3Aの大技に憧れ「私もトリプルアクセルを跳ぶんだ」というのが、子供たちの口癖になった。

真央も伊藤の演技を、それこそビデオテープが擦り切れるほど見てきた。
3Aという高難度のジャンプに感動すると同時に失敗しても諦めずに3Aを跳んだチャレンジ精神に感動した。

「もしもみどりちゃんが五輪の舞台で難なく3Aを決めていたなら、真央ちゃんはこのジャンプに今ほどこだわりを持っていたかしら。名古屋で生まれたみどりちゃんのあの逆転ドラマが、真央ちゃんを3Aの虜にしたといっても過言ではないと思う」
(前出の知人)

伊藤みどりがアルベールビル五輪で3Aを跳んでから22年。
真央がソチで演じるフリー曲、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」は、伊藤が3Aを成功させたときと同じだ。
最後の五輪に、伊藤みどりが不屈の精神で3Aに挑んだラフマニノフの代表曲を選んだのは単なる偶然ではないだろう。














今後は「一切未定」も…浅田真央にかかる“現役続行”圧力

http://gendai.net/articles/view/sports/148160

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フリー直後は笑顔も

「真央本人は一度も『引退する』とは言っていません。マスコミの皆さんが勝手にそう報じているだけじゃないですか」

浅田真央の専属マネジャーはソチ五輪直前、日刊ゲンダイ本紙記者が「今季限りで引退するのか」と質問した際、不満そうにこう語っていた。

確かに真央は「ソチは自分の集大成」と繰り返してきたが、「引退」の2文字を口にしたことはない。
引退が既成事実化したのは昨年4月、国別対抗戦後の報道陣とのやりとりが発端だ。

フリーを滑り終えた真央は
「五輪という最高の舞台を集大成にしたい」
と発言。
宿舎に戻るバスに乗り込む際に、報道陣から集大成の意味について「五輪シーズンが最後のつもりか」と聞かれ、
「今はそのつもりです」
と答えた。

「この発言によって、メディアが一斉に『引退を示唆』と報じた翌日、報道陣は真央ちゃんに改めて『来季で引退する考えか』と確認しました。すると本人が、『そういうつもりでやる』と語ったので、『正式に引退表明』と書きました。いま思えばソチに向け“退路を断つ覚悟”を表明したように聞こえなくもない」
(会見に参加したスポーツ記者)


■“ドル箱”を失いたくない面々は多い

真央のマネジャーは、「引退する方が都合の良い人もいるんじゃないですか」とも語っていた。
ソチを「最後の舞台」に仕向けた方が、世間の注目を集め、大きな金も動く……。
そんなヨコシマな思惑を隠さなかったのが、日本スケート連盟だ。

「昨年末の全日本選手権は<現役として真央の国内最後の大舞台>とばかりに、大会史上初めて観衆2万人規模の大箱、さいたまスーパーアリーナで開催しました。もくろみ通りチケットは完売、スケート連盟に数億円が転がり込みました」
(フィギュア関係者)

大会を中継するテレビ局やCMスポンサーだって、「最後の五輪」で大儲けしつつ、今季限りで“ドル箱”を失いたくないのが本音。
次世代を担う女子選手が育っていないのだから、なおさらだ。

だとすると、真央が「集大成」で有終の美を飾れなかった今、曖昧な引退表明はひっくり返る可能性が十分にある。
フリーを好演したこの日、本人も

「(今後のことは)想像できない」

と語り、現役続行の可能性も含め進路については

「一切未定」

とした。
「スケート連盟会長の橋本聖子参院議員は一部取材に、『アスリートの感覚として真央は辞めないと思う』と語っています。真央の現役続行を望む関係者にすれば、悔しさの残る結果はかえって好都合でしょう。4年後も真央はまだ27歳。荒川静香がトリノ五輪で金メダルを獲得したのは25歳ですし、鈴木明子は今大会に28歳で出場し、メダル争いを演じたイタリアのコストナーも27歳です。今後は『若さ』を理由に、現役続行の圧力が強まるのではないか」
(フィギュア関係者)

とはいえ、すでに持病の腰痛が限界に近づいているといわれる真央。
自分の意志とは関係なく、「大人の事情」で氷上に立つしかないとすれば、気の毒だ。












真央 満足感告白「バンクーバー、ソチ含めて最高でした」

http://sochi.headlines.yahoo.co.jp/sochi/hl?a=20140221-00000131-spnannex-spo

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フリーの演技を終え、浅田の目からは涙がこぼれおちる

ソチ冬季五輪フィギュアスケート女子シングルで6位に入賞した浅田真央(23)が21日、NHKの「ニュースウォッチナイン」に生出演。
涙を見せた前夜から一転、すっきりとした表情で心境を語った。

SPでは16位と出遅れたものの、フリーでは自己ベストとなる142・71点をマークし6位まで巻き返した。
メダルにこそ届かなかったものの、フリーで満足の滑りができたことで

「無事に終わって、自分が目指す演技ができてホッとしています」

と笑顔を見せた。
SPで55・51点に終わり、まさかの16位発進。

「自分も怖さと、逃げ出したいて気持ちとあした(フリーは)大丈夫かなって気持ちがあったんですけど、何とか頑張って立て直すことができました」

フリーは気持ちを切り替えて一転、完璧な演技を披露した。
SPは冒頭のトリプルアクセルで転倒したが、フリーは見事に成功。

「最初のアクセルが成功して行けるって気持ちは大きくなりました」
「自分が思っているようにジャンプがどんどん決まっていったので、3回目くらいからはこの流れにいけば全部行けると思いました」

と振り返った。
演技を終えて号泣した場面を映像で改めて見て

「最後の最後まで、止まるところまで集中していたので、終わって“ああ終わった”って感じでしたね」

と微笑。

「この4年間、本当にこれで大丈夫かなって気持ちの方が大きかったんですけど、最終的に目指していたオリンピックの舞台で最高の演技ができたことは、頑張ってきたからかなと思います」

と満足感をにじませた。
この4年間、浅田が抱き続けてきた思いは、バンクーバー五輪のフリーで出たミスに対するリベンジ。

「バンクーバーではメダルという形で結果を残すことはできたんですけど、フリーの2つのミスが悔しくて。今回はソチでそのリベンジだと思って臨んだので、日本代表としてメダルを獲れなかったのは残念ですけど、自分への挑戦はうまくいったので、バンクーバー、ソチを含めて最高でした」

と重圧から解き放たれたかのような穏やかな表情を見せた。
今後について

「オリンピックが終わったばかりでまだ考えられない」

としながら、

「世界選手権があるので、次はショートもフリーもしっかりそろえられるよう頑張って、たくさんの方にまた恩返しの演技ができるように頑張りたいと思います」

と意気込んだ。
















浅田舞が涙で告白 SP後「喝を入れるために叱った」

http://sochi.headlines.yahoo.co.jp/sochi/hl?a=20140221-00000128-spnannex-spo

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浅田舞

ソチ五輪フィギュアスケート女子シングルで6位に入賞した浅田真央(23)の姉で、フィギュアスケーターの浅田舞(25)が21日、NHKの「ソチオリンピック 今夜の見どころ」に出演し、涙ながらに妹の健闘を称えた。

SPでまさかの16位と出遅れた後、なぐさめるのではなくあえて厳しく接したという。

「本当は大丈夫だよって言ってあげたかったんですけど、ちょっと喝(かつ)を入れるために叱りました」

優しい言葉は他の人が伝えてくれると考え、

「優しい言葉だけじゃだめだな」

と心を鬼にしたと明かした。
その甲斐もあったのか、フリーでは自己ベストの142・71点をマークし、メダルこそならなかったが6位まで巻き返した。

「メダルは獲れなかったんですけど、最後まで諦めずに戦う姿、特別な勘定やうれしいっていう感情を伝えられたのではないかなと思います」

と笑顔。

「ありがとうって言葉じゃ足りないくらい、帰ってきたら気持ちをつたえたいなと思います」

と優しい姉の表情を見せた。











名古屋人だったからこそ、トリプルアクセルにこだわり、ラフマニノフという曲を選択した浅田真央選手。

最後のフリー演技の得点は3位(トリプルアクセルを飛んだのが真央選手一人なのにフリーの得点が3位というのも納得いきませんでしたが)、16位から8位までジャンプアップしてノーミスで素晴らしい演技をみせてくれて大感動で大感謝です。

トリプルアクセルの得点を低くするという現在の採点方法は、どうみてもおかしいと思います。

競技技術の向上を阻害するような現在のトリプルアクセルの低い点数のやりかたは変すぎます。

明らかに浅田真央選手への妨害工作です。

最初は金メダルが取れなくて残念だ、次こそ金を取って欲しいと思いましたが、それは間違っていると思いました。

個人的には浅田真央選手は2大会連続で金メダルだったと思うようにしたいと思います。


今後の現役続行は個人的に望みますが、誰の意見にも耳を傾けることなく、浅田真央選手が一人で気の赴くままに決めて欲しいと思います。

バンクーバー後の金ヨナみたいに、1年間海外に暮らして競技からも一線を引いて雲隠れするのも良いと思いますし、とにかく今、浅田真央選手に必要なのは自由すぎる時間なのではないかと思います。

浅田真央選手は本当はバンクーバーで金メダルだったと思うし、

   ↓

http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-5361.html

http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-5363.html


個人的には現役続行して欲しいとは思いますが、浅田真央選手が辞めたいと思うのであればそれを100%支持したいと思いました。




































小笠原選手が、シート打撃で技ありの一打を岩瀬投手から放った模様です。


小笠原中日移籍1号 被弾の岩瀬「完敗」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140221-00000026-nksports-base.view-000

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シート打撃で本塁打を放った小笠原

中日小笠原道大内野手(40)が移籍1号を放った。
21日に沖縄・北谷キャンプで行われたシート打撃に出場。
岩瀬の内角スライダーを完璧にとらえ、右翼席に運んだ。

スタンドのファンも大きな拍手でベース1周を包み、背番号36は照れ笑いで生還した。
岩瀬は
「うまく打たれました。完敗です」
と脱帽。
パヤノからも中前タイムリーを放ち、4打数2安打だった。




中日・小笠原、シート打撃で岩瀬撃ち弾!決め球スライダーをドカン

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140222-00000017-dal-base

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シート打撃で岩瀬から本塁打を放つ小笠原

「中日春季キャンプ」(21日、北谷)
小笠原道大内野手(40)が、北谷キャンプのシート打撃で岩瀬から右翼芝生席への本塁打を含む4打数2安打をマークした。

「風速20、30メートルあったから風に乗ったね。向こう(岩瀬)も調整段階だから」

と謙遜しつつ、

「ここまで悪くはないし、結果が出た方がいい」

と納得の表情だ。
被弾した岩瀬は

「うまく打たれました。完敗です」

と脱帽。
都スコアラーは

「あれは岩瀬が決め球に使っているスライダー。打った方を褒めるべきだと思う」

と驚きを隠さなかった。
11日のシート打撃と合わせ6打数3安打。仕上がりは上々だ。
午後は屋内練習場でみっちり打ち込んだ。
ここまでの調整に抜かりはない。
18年目のシーズンへ、一歩一歩進んでいく。




中日・ガッツ移籍1号!岩瀬から技ありの一発「悪くない」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140222-00000506-sanspo-base

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シート打撃で岩瀬と対戦する中日・小笠原=北谷公園野球場

中日春季キャンプ(21日、沖縄・北谷)オープン戦にも出る!!
中日・小笠原道大内野手(40)が21日、北谷キャンプでシート打撃にのぞみ、右翼ポール際へ“移籍第1号”。
4打数2安打の結果に

「悪くはないと思う」

ガッツ流の“絶好調宣言”が飛び出し、きょう22日のオリックス戦出場を志願した。
久々の晴れ間とともに、“快弾”が飛び出した。
小笠原が岩瀬のインコース高めのスライダーを振り抜くと、打球は弾丸ライナーで右翼ポール際に突き刺さった。

「風速20メートルかな(実際は5メートル)。風が運んでくれました。でも悪くはないと思う」

照れ隠しの中でも、ガッツ流の“絶好調宣言”が飛び出した。
何せ、マウンド上は岩瀬。
左腕は

「完敗です」

とフルスイングに脱帽した。
伝家の宝刀をいとも簡単に仕留めたのだから、無口なサムライの口も軽くなる。

「(岩瀬も)調整の段階。でもそれを差し引いても自分の状態はいい」

第3打席でも左腕パヤノの内角直球に反応した。
中前に痛烈に弾き返し、4打数2安打。
巨人時代の昨年のキャンプでは、左ひと差し指を負傷。
だが、新天地では、ガッツ健在を見せつけている。
クールなイメージだが、ファンを大事にする男だ。
練習中はめったにサインに応じないが、それは球場施設での混乱を避けるため。
この日はフリー打撃中に声援を送っていたこどものために、打ち終わるとさらさらとボールにサインして、

「まだ(スタンドに)いるなら、届けてほしい」

と関係者を通じてプレゼントした。

「よかったり悪かったりするけど、しっかり練習して、けがなく過ごしていきたい」

練習後、きょう22日のオリックスとのオープン戦の出場を直訴した。
体はキレている。
積み重ねたアーチは377本。
竜でもまだその数を伸ばすことはできる。




和田がランチ特打 鋭い当たり連発の41歳「予定通りの調整」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140221-00000104-spnannex-base

長年培ってきた自身のペースで調整を続けていた中日・和田が21日、今キャンプ初の「ランチ特打」を敢行。
久々に晴天に恵まれた北谷球場で鋭い当たりを連発させた41歳のベテランは

「あした(22日)からオープン戦になるので、ここで特打を入れるのは前からお願いしていた。予定通りの調整ができています」

と汗をぬぐった。





そして小笠原選手よりも1つ年上の和田選手が特打を行い、調子を上げてきているようですが、ひょっとしてひょっとすると、小笠原選手は和田さんくらい活躍できるのかもしれないと期待してしまいます。

小笠原選手はいつも報道陣の見えないところ、北谷にはブルペン横に外から見えない打撃練習将があるのですが、そこで打撃練習をしているそうですが、そこで落合GMから打撃指導を受け、何かをつかんだのかもしれません。

恩納村の宿舎のホテルでも、小笠原選手は落合GMから何か指導を受けたり、野球談議をしたりしているはずです。

ここまで北谷で落合GMと小笠原選手が一切接触がないのが逆に変だなと思いますので、打撃指導はブルペン横か宿舎であると確信します。

落合GMがドラゴンズに復帰し、落合打撃指導を目指して迷わずFAでドラゴンズに移籍してきた小笠原選手が、北谷で報道陣の前で落合GMとの接触が全く無いというのが逆に不自然すぎます。

小笠原選手は統一球で打撃の調子を崩しただけと見ますので、落合GMならその修正ポイントを適確に指導できているはずですし、小笠原選手としても統一球で打撃フォームを崩しただけで引退、このまま終わる、という事だけは絶対に受け入れたくないという一心でFA宣言して落合GM目指して移籍してきたはずです。

その落合GMの打撃指導の成果がそろそろ現れてきているのではないでしょうか?

ここまで小笠原選手が打撃練習でわざと柵越えの強いスイングを封印していたことからも、何か修正ポイントを課題に掲げてここまで念入りにやってきて、何か一定の成果が得られたのではないかと思います。


今シーズンの小笠原選手に期待してしまいます。











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テーマ : 中日ドラゴンズ
ジャンル : スポーツ

北のサムライはドラゴンズにどんな影響力があるのか?の件













保留者ゼロ。なぜ中日の選手たちは「大幅減俸」を受け入れたのか

http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/2013/12/02/post_323/

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中日のGMに就任した落合博満氏は8億円を超すコストカットを実現させた

2013.12.02

以下の金額は、すべて推定である。

それが、総額で8億円超なのだとか――。

日本プロ野球選手会が公にしている年俸調査に基づくと、外国人選手を除いたドラゴンズの2012年度、61選手の年俸総額は31億7080万円。

この額には出来高契約等の金額は反映されていないので正確な数字とは言えないかもしれないが、つまり、8億円といえばドラゴンズの年俸総額の約4分の1ということになる。

このオフ、ドラゴンズは前年比で約8億円、およそ4分の1のコストカットを実現させたのだ。

そんなに減らせるものなのか。

いや、この人が本気になれば、そのくらいは減らせるということか。

これが、ゼネラルマネージャーとして2年ぶりにドラゴンズに戻ってきた落合博満前監督の辣腕による賜(たまもの)であることは容易に想像できる。

11月20日、谷繁元信監督兼捕手が選手としての契約を交わしたことで、ドラゴンズは育成契約の2人を含む56選手全員との2013年度の契約更改を終了した。

12シーズンぶりにBクラスに沈んだドラゴンズに突如として吹き荒れた冬の嵐は、選手たちを体の芯から震え上がらせた。

確かに、ドラゴンズの台所事情は厳しい。

落合前監督のもと、リーグ優勝を果たした2010年でさえ、経常利益は前年比で3億を超えるマイナス。

いくら勝っても赤字では球団経営は成り立たないという一部球団内からの批判もあって、ドラゴンズは2011年のオフ、落合前監督を退任に追い込んだ。

チームを球団初のリーグ連覇に導きながら、ファンサービスに熱心ではない、マスコミに協力的でないことが観客動員の不振につながっていると理由づけたのである。

しかし、『ファンとともに』というスローガンのもと、積極的にサインに応じ、メディアに協力するなど、チーム方針を180度転換させて戦った高木守道監督でも、入場者数の減少を食い止めることはできなかった。

今シーズンの観客動員数は1997年のナゴヤドーム開場以来、初めて200万人を割る199万8188人。

5年連続の減少だった。

チームも低迷、観客動員も減少しながら、選手の平均年齢と年俸は上がる一方――

そんな中、落合GMがチーム再建に向けて、まず浴びせかけた強い向かい風が、今シーズン、打率.236と極端な不振に陥った、38歳の井端弘和に下交渉で提示した9割近い大減俸だ。

監督だった頃、落合GMが井端にとりわけ目を掛けていたことはよく知られている。

同時に、落合前監督に命じられたショートからセカンドへのコンバートが井端の本意ではなかったとの話も耳にしたことがあるが、この春、WBCで日本中のヒーローとなり、ベストナイン5回、ゴールデングラブを7回も獲得したドラゴンズの顔に対するあまりに酷な通告は、井端にとっては屈辱以外のなにものでもなかった。落合GMは

「ここ数年は故障がちで、メスも入れた選手に億以上の金を出すリスクを球団が背負えるのかといえば、その状態ではない」

「俺は戦力外の選手に金額提示はしない」

と現状を説明したが、このオフには右足首と右ヒジの手術を受けて来シーズンに備えていた井端への88パーセントとも言われるダウン提示は、井端だけでなく、他の選手たちにも落合GMの”聖域なき査定”を印象づける恰好のプロローグとなったはずだ。

しかも、井端はその提示を拒んだ。

野球協約の第92条(参稼報酬の減額制限)には、年俸が1億円を超える選手は40パーセントを超えて、また1億円以下の選手は25パーセントを超えて減額されることはないと定められている。

井端の2012年度の年俸は1億9000万円とも2億5000万円とも言われており、3000万円程度の提示は40パーセントをはるかに超えた減額である。

しかし第92条には、選手本人が同意すれば制限を超えて減額することができるとも記されており、選手の同意を得た上での減額なら問題はない。

井端は同意しなかったのだ。

同意しない場合は、どうなるのか。

日本プロ野球選手会によれば、現在はNPBと選手会との合意のもと、減額制限超過提示(減超提示)をする場合は、選手には自由契約になる権利が与えられているのだという。

井端は、そのルールに基づいて自由契約を選択した。

自由契約になった選手はトライアウトを受けられるよう、球団は毎年、所定の日までに減超提示を済ませなければならず、選手は第1回合同トライアウト前にいずれかを選択する必要がある。

自由契約を選択しない場合において、調停を申し立てることも可能であり(参稼報酬調停制度)、選手の側に立てばあまり助けにはならなかった調停も、2009年の野球協約改正によって球団、選手の言い分を聞いて裁定を下す年俸調停委員会がコミッショナーから独立。

中立な立場から裁定が下されるようにはなっている。
それでも調停は、カネのことで揉めたという印象を周囲に残すことは否めず、選手にとっては必ずしも得策でない場合が多い。

結局、選手の同意が必要とされる減超提示を受けたのは、6000万円から4000万円と33パーセント減を提示された山本昌、4200万円から2000万円まで52パーセント下げられた山内壮馬、2800万円から1500万円へと46パーセントダウンを提示された岩田慎司、4500万円から1800万円の提示を受けた朝倉健太の4人。

彼らは、揃って同意した。

そこに多くの人が違和感を覚えているように思う。

というのも、選手の同意と言っても、たとえば今回のドラゴンズのように、目の前にデンと構える落合GMに
「この額でどうだ」
と同意を求められたら、暗に(イヤなら辞めてもらって構わないんだぞ)と脅されているに等しく、そんなもの、頷(うなず)かないわけにはいかないじゃないか、と感じるからだ。
実際、減超提示だけでなく、減額制限いっぱいのダウン提示が相次いだのにもかかわらず、保留者はゼロ。
1億円を超える荒木雅博、吉見一起はそれぞれ、1億7000万円から1億200万円、2億9000万円から1億7400万円と、減額制限いっぱいの40パーセントダウンを提示されたのに一発サイン。
さらに、ベテランの和田一浩は8000万円減の2億5000万円、一昨年のMVP、浅尾拓也も5500万円減の1億6500万円、6月にノーヒットノーランを達成した山井大介が2000万円減の6000万円でサイン。
.310から.248へと打率を大幅に落とし、盗塁も32から19へ減らした大島洋平には、規定打席に達したレギュラーでありながら減額制限いっぱいの25パーセントダウン(7500万円から5625万円)を提示されながら、大島自身、
「マックスで行かれると覚悟してました」
とコメントしている。
ルーキーも例外ではなく、慣例では2年目は現状維持、ダウン提示だったとしても10パーセント程度とされてきた1年目の選手たちにも、軒並み減額制限いっぱいの25パーセントダウンを提示。
昨秋、ドラフト1位で指名されて慶大から入団した福谷浩司も、1500万円から1125万円まで下げられるなど、じつに18人が減額制限いっぱいのダウンでの更改となったのである。

選手の同意があれば認められる減額制限なんて、いったい何のために存在しているのか。

そもそも野球協約が矛盾しているのだ。
「一定割合以上、減額されることはない、ただし選手の同意があればOK」
というのは、
「選手の同意がなければ一定割 合以上、減額されない」
という文言と同意のはずなのに、現実はそうではない。
「一定割合以上、減額されることはない、ただし選手の同意がなければ自由契約 (クビ)、文句があるなら調停(訴えろ)」
という文言と同意になってしまっているのである。
そんなの、おかしいじゃないか、と誰でも感じる。
しかし選手会は目くじらを立てない。
野球協約もそのままだ。
いったい、なぜなのか。

この協約をタテに減超提示を禁止するように求めれば、年俸が高額なベテラン選手は解雇されるリスクが増える。

この協約そのものをなくすように求めれば、大幅減俸が続出するリスクが増える。

この協約から「選手の同意があればOK」の部分を削除し、減額制限を12球団に遵守するよう求めれば、逆に年俸の大幅アップは抑えられるというリスクが増える。

つまり、ごく一部の減超提示を受ける選手のために減額制限の徹底をゴリ押しするのは、選手側にとってもデメリットが大きすぎるということなのだろう。

実際、落合GMは、球界のルールに則って、粛々と契約更改を進めた。

例年、12月に行なわれてきた主力級の更改も含めて、すべての選手との契約を11月中に終わらせ、減超提示を行なう選手にはトライアウトを受けられる時期までにきちんと契約更改を行ない、選手会にもつけいるスキを与えなかった。

山本昌には

「50歳までやれ、オレが保証する」

と暗に“事実上の2年契約”をほのめかし、48歳の大ベテランに

「納得しました」
「この歳で戦力と言って頂けるのが一番ありがたい」

と言わしめた。

大島には

「首位打者を獲れ」

と叱咤激励をし、200安打を打てる、12球団でナンバーワンのセンターになれると持ち上げてみせた。

野球協約を熟知し、揺らぐことのない信念を貫いてきた落合GMだからこそ、井端以外の減超提示を行なった選手の同意を取りつけることができたのだろうし、減額制限いっぱいのダウン提示にも保留する選手が出なかったのだろう。

あるドラゴンズの元選手からこんな話を聞いたことがある。

「戦力外通告を受けてからいろんな人に報告したんですけど、ほとんどの人が
『まだ選手としてやれるだろう』
っていう励まし方をしてくれるんです。
でも落合監督に話をしたらすぐ、
『お前、次の仕事はどうするんだ』
って訊いてくれた。
実際、他の人の中には、報告したいだけなのに、それさえさせてくれない人もいたほどです。
で、ようやく連絡が取れて、クビになったけど次の仕事は決まっているという話をした途端、
『なんだ、そうだったのか、仕事くれって話かと思ったよ』
ってホッとしたような顔をしている。
そんな人には、内心、誰が頼むかよって思いたくもなります。
でも落合監督は、自分の方から仕事はどうするんだって訊いてきてくれた。
その時は、もう次の仕事は決まっていたので監督のお世話にはならずに済んだんですけど、仕事の内容とか、条件面とか、しっかり納得するまで話をしろよ、と言って下さって、本当に僕のことを心配してくれているんだなということが伝わってきたんです」

契約更改は対面交渉だ。

最近では代理人に任せたいという声も根強いが、直に球団の編成責任者から
「戦力として必要だ」
と声をかけられれば、選手というのは意気に感じるものだと思う。

過去、勝ち続けてきたからこそ上がり続けてきた年俸を、負けたから下げるというのは、酷なようでいて実はシンプルな発想だ。

井端、山本昌、山内、岩田、朝倉の5人に対する減超提示も、選手側に自由契約を選択する権利があることを覚悟の上で行なったわけで、考えてみれば落合GMにとってもリスクを背負った決断である。

井端に対する大幅なダウン提示も落合GMの中にはいろんな思惑があったのかもしれないが、結果だけを見れば、ジャイアンツで働き場所を失っていた小笠原道大と、ドラゴンズで旧年俸ほどの居場所がなくなりそうになっていた井端との事実上のトレードを実現させることによって、ふたりのベテランを蘇(よみがえ)らせるかもしれないきっかけを作ったことだけは間違いない。

ジャイアンツが井端を獲得できたのは年俸のベースが数千万円だったからこそで、まさか、そこまでを見据えての減超提示だったのかと思わせるところが、落合博満という人物の恐ろしさでもある。

合理的で、反論してもムダだと思わせるだけの知識を持ち、言葉巧みなGMから、
「もう一度、勝つためにはお前の力が必要だ」
「勝てば年俸も上がるんだ」
と言われれば、減超提示に同意した選手たちの気持ちもわかる気がする。

まして、メディアを通してみせるのとはまったく違う顔を見せて、選手たちとともに戦い、勝って年俸を上げてもらってきた元監督の言うことだ。

その言葉には、選手にパワハラだとは感じさせない歴史の積み重ねがあるのだろう。

ドラゴンズに、そして落合GMに、勝つために必要とされ、もう一度、年俸アップを勝ち取ってやるというモチベーションを与えられたドラゴンズの選手たち――

落合博満のチーム再建計画は、すでに第一幕を終えたのかもしれない。








9割近い大減俸、という記事を相変わらずつづけているマスゴミが多すぎますね。

実際の金額は不明で、まだわからない状況なのに、9割という数字だけがいまだにひとり歩きしています。


























小笠原侍の打撃フォームを食い入るように見つめる森野選手と直倫選手の視線が熱いです。



ガッツ流“おもてなし”

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201401/CK2014012802000100.html

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沖縄合同自主トレでフリー打撃をする小笠原(手前)。
後方は森野(左)と堂上直=北谷球場で

巨人から中日にフリーエージェント(FA)移籍した小笠原道大内野手(40)が27日、初めて合同自主トレに合流した。
この日、選手たちは沖縄の北谷、読谷両球場で自主トレを開始。
1軍北谷組の小笠原は、26日に沖縄入りした1軍チームスタッフ約30人それぞれに350ミリリットルのオリオンビール1ケースを差し入れ。
1年間一緒に頑張っていこうと熱い思いを込めた。






超一流打者のバッティングフォームから学ぶ点は多いと思います。

打撃思想についても学ぶべき点は多いでしょう。




竜スタッフにガッツ流“おもてなし”オリオンビール差し入れ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140128-00000015-dal-base

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沖縄合同自主トレが始まり、フリー打撃に励む小笠原=北谷球場

ガッツ流のお・も・て・な・し‐。
巨人から中日にFA移籍した小笠原道大内野手(40)が27日、初めて沖縄・北谷の合同自主トレに合流した。
26日には、沖縄入りした1軍チームスタッフ約30人に、350ミリリットルのオリオンビール1ケースを差し入れていた。

打撃投手、ブルペン捕手、用具係、広報担当ら1軍を担当するチームスタッフ30人にサプライズが待っていた。
26日に沖縄のホテルの部屋に入ると、沖縄名物のオリオンビール1ケースがあった。
贈り主は小笠原だ。

小笠原は
「そんな深い意味はないです。みんなでこれから一緒になって頑張っていきましょうという気持ち」
と説明。
スタッフの一人は
「気遣ってもらって、みんな喜んでいました」
と声を弾ませた。

合同自主トレでは今年初めて打撃投手を相手にフリー打撃を行うなどで汗を流した。
球場を後にしたのは午後3時過ぎ。
「僕は効率が悪いので…」
と笑った。

誰よりも長く練習する男は、常に裏方さんに感謝している。
プレゼントは、その思いの現れだ。






その小笠原侍の裏方さんへの差し入れ、総額でいくらくらいなんでしょうか?

ビール1ケースってだいたい5000円くらいですよね。

つまり、

5000円 × 30人 = 15万円

サムライ小笠原選手が春季キャンプで裏方さんに15万円のお気づかいです。

裏方さんの年俸って3ケタ万円だから、こんなちょっとした選手の気遣いもすごく助かると思いますし、なにより選手からの差し入れがもらえたという気持ち的に嬉しいと思います。


北のサムライ小笠原道大選手、気遣いのできる優しい男ですね。

いろいろと苦労して努力してきた求道者のサムライだからそういうことができる人なのかもしれません。








小笠原、涙目…球界史上最大3・6億減

http://www.daily.co.jp/baseball/2012/12/06/0005578767.shtml

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大幅ダウンで契約を更改し会見する小笠原

2012年12月6日

巨人・小笠原道大内野手(39)が5日、東京・大手町の球団事務所で契約更改交渉に臨み、3億6000万減の7000万円でサインした。
不本意だった今季を物語る球界史上最大の減俸となった。
厳しい現実を突きつけられた大ベテランは来季、ゼロからのスタートを誓うなど悲壮感を漂わせた。

やはり、ショックは隠せなかった。
会見場に現れ、無数のフラッシュを浴びた小笠原の目は、少しだけ赤かった。
突きつけられた現実は厳しかったが、必死に耐えているようにも見えた。

「80~90%ダウンです。大方の予想はしていました。契約してもらえるだけありがたいという気持ちで。サインして来季、頑張るという一心です」

一点をジッと見つめ、言葉を選びながら胸中を語った。

3億6000万減の7000万円は、異例の数字だ。
過去には楽天を戦力外後、中日に移籍した山崎武司が2億2000万減の3000万円というケースもあった。
だがそれすらも超え、球界最大の大減俸となった。

求められた結果は、散々だった。
2年契約の最終年の今季は大不振にあえぎ、度重なる故障に苦しんだ。
レギュラーシーズンは34試合の出場で打率・152、本塁打0。昨季も83試合の出場に終わった。
原沢球団代表は
「この2年のことを考えれば、そういう提示にならざるをえない」
と説明した。

本人も苦悩の日々を告白した。

「思い通りにいかないシーズンだった。試合に出られないつらさ、悔しさ。そういうのを感じながら1年過ごした」

と厳しい表情だった。

来季は退路を断って臨むしかない。
だが、その質問に大ベテランは
「だから、そういうことよりも、まずファンの気持ちに応える」
と表情をこわばらせた。

去就について多くは語らなかったが、来季は単年契約。
「真っさらな状態というか、ゼロからのスタートという感じで。もう一度、スタートを切る」
悲壮感すら漂わせ、自身の去就がかかった来季に挑む。



小笠原「気持ちよくサイン」史上最大3億6000万円減

http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/12/06/kiji/K20121206004713210.html

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大幅ダウンで契約を更改し、会見する小笠原

史上最大減額で出直し――。
巨人の小笠原道大内野手(39)が5日、東京・大手町の球団事務所で契約更改に臨み3億6000万円ダウンの年俸7000万円でサインした。
12年のDeNA・清水、11年のソフトバンク・松中の2億円ダウンをはるかに超える大減俸。
野球人生の土俵際にまで追い込まれた小笠原はゼロからの再出発となる。

厳しい現実にも、小笠原は晴れやかな表情だった。
3億6000万円の球界史上最大減俸。減額制限の40%をはるかに超える84%ダウンの年俸7000万円で潔くサインした。

「契約してもらえるだけでありがたい。気持ちよくサインして来季頑張ろうという一心。まっさらな状態というか、ゼロからという感じ。もう一度スタートを切りたい」

日本選手では中日・岩瀬の4億5000万円に次ぐ高年俸だったが、わずか34試合出場。
6月27日には07年巨人移籍以来初めて不振で2軍降格を味わった。
現役最高の生涯打率・311を誇るバットマンが今季は自身最低の打率・152。本塁打なしはルーキーだった97年以来のことで、打率・242だった昨季に続く不振だった。
統一球導入、相次ぐ故障――。
低迷の原因は
「一概にどれというものではない。例えばボタンを一つ掛け違うとやっぱりバランスを崩す場合がある」
と分析する。
来季は野球人生の土俵際となる。
これを乗り越えるために「ガッツ解体」も口にした。

「全部をフラットな状態にして、来季は今までやってきたように一つずつ積み上げていって、形を作っていきたい」

左手一本でのティー打撃など、セ・パ両リーグでMVPを獲得したフルスイングを支えた独特の練習法の再考。
2軍暮らしだった今季終盤は、軸足の左足が折れる悪癖修正を目的に直径30センチ弱のバランスボールを太腿に挟んでのティー打撃にも取り組んだ。

「まだそうした形は出てきていない。時間があるときにしっかり考えてね。期限を決めないでやっていけたらいい」

どん底からの再生へ、かたくなに変えなかった練習法を変える意向だ。

「次の一歩を踏むことが大事。そういう意味でもゼロにして前に進みたい」

金額などどうでもいい。
小笠原は退路を断って、巻き返しを誓った。

▼巨人・原沢敦球団代表兼GMの話
彼にとっては厳しい評価になった。
この2年を考えたらそういう提示にならざるを得ない。

◇年俸が大幅にダウンした選手◇

13年 小笠原道大(巨)4億3000万円→7000万円
11年 松中 信彦(ソ)4億円→2億円
12年 清水 直行(D)2億5000万円→5000万円
07年 古田 敦也(ヤ)2億4000万円→6000万円
12年 高橋 由伸(巨)3億5000万円→1億7000万円

12年 山崎武司(中) 2億5000万円→3000万円
(山崎は楽天から移籍、。古田は監督兼任で選手としての年俸)

[2012年12月6日]





読売でえらい目に遭わされて、FA移籍してすっきりした気持ちで再スタートを切っている北のサムライの表情は晴れやかでした。

ナゴヤ球場の自主トレも1人で7時間半も行い、どの選手よりも練習量が多い・・こういう選手がドラゴンズに移籍して来てくれたのはドラゴンズにとって、打撃技術以上に、とても大きな良い影響があると思います。


史上最大の3億6000万円の年俸減額を食らっても読売球団にとどまった小笠原選手です。

井端とはこのへんが違うなと思います。

3.6億円の減額提示をされてもその足で読売球団のロッカーを片づけたりはせず、2013年も1シーズン読売で頑張ったものの冷遇し尽くされ、師匠の落合GMのドラゴンズ復帰に合わせてドラゴンズにFA移籍してきた北のサムライ、小笠原道大選手・・



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その小笠原選手は裏方さんに気を使う優しいサムライでした。

ドラゴンズの北谷キャンプで選手が裏方さんに1人1ケースのビールとか、聞いた事がありません。

割と読売の選手や阪神の金本とかのエピソードで耳にするような話ですね・・こういうところはドラゴンズの選手も見習って欲しいかなと思います。








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